2020.03.31 Tue

Written by EDGE編集部

Jリーグ&国内

久保田コラム「日本語のサッカー指導で世界をひっくり返す(5)」合気道、柔道、キックに学ぶ、イニエスタの間合い

日本語の可能性をサッカーに落とし込むことで、日本人に合った指導、サッカーができるのではないか? そう考える、久保田大介氏による人気コラム。連載5回目は合気道、柔道、キックボクシングの経験者に、「間合い」についての考え方を聞きました。(文・久保田大介)

前回は剣道で使われる間合いに関しての原理や概念、見方などから、イニエスタのプレーを例に出して考察してみました。

今回は他の種目からも参考にできることを紹介しつつ、考察していきたいと思います。

まずは日本発祥、合気道から。

合気道経験者の方が、間合いに関して、以下のように教えてくれました。

「合気道の場合『尺の間』というのですが、あと一歩踏み出すと相手の刀や突きが自分の身体に触れる距離、が重要視されます」

「尺の間にさえ入られなければ、相手の攻撃が自分には及ばない、という考えです」

【 尺の間 】

この言い方、聞いたことのないサッカー指導者の方も多いのではないでしょうか。もちろん僕も、初めて知りました。

イニエスタを例にすると、彼がボールを持つ時、動きはそれほど速く見えないのに、なぜかボールを奪われない。そんな印象があります。きっと、皆さんも同じだと思います。

対峙している相手からすると、イニエスタはとてつもなく速い選手なのだと思いますが、おそらくイニエスタも、この「尺の間」を、自分自身でしっかり見極められているのだと思います。

自分にとっての尺の間がわかっているから、相手をギリギリまで見極められる。その上で、相手の重心をずらし、いなしていき、相手よりもほんの少しだけ早く(速く)動くことができる。

もちろんイニエスタは合気道もしていないだろうし、尺の間という言葉も知らないだろうけれど、彼なりの「自分の間合い」つまり尺の間を持っているということでしょう。

その尺の間がわからない相手は、無闇に飛び込むか、もしくはイニエスタが放つ「来れば斬る、来ないのならばこちらから仕掛け背中を取るぞ」という『尺の間オーラ』に身体を固められ、その場でフリーズしてしまう。そんなイメージでしょうか。

前回のコラムで考察した2月のゼロックススーパーカップ。先制のシーンでイニエスタがドウグラスに通したパスも、まさにこれ。マリノスのCBコンビ、チアゴと畠中がイニエスタのリズムに同調させられ、そして「固められて」しまっていたのも、イニエスタの「尺の間」に入れなかったからでしょう。

さらにあの時、イニエスタはチアゴと畠中の正中線を揺らしまくり、崩した上で自身のリズムに同調させ、なおかつトドメの尺の間。

JでもトップレベルのDFふたりが何もできなかったのは、決して彼らの能力が低かったからではなく、イニエスタが「対峙すること」においてはモンスターレベルの達人だったと、納得するしかないのだと思います。

【 尺の間 】
サッカーにおいて、この概念を子ども達に伝えられないものでしょうか。

「相手に『取れそうだな』と思わせるけど、決して取られない間合いを見つけてごらん」と。

言い替えれば、相手が来たとしても、自分が必ず先にボールに触れる、先に動ける間合い、ということかもしれません。

「これをな、合気道では尺の間って言うんだ。本来、日本人は間合いを取ることが得意なはずなんだよ」
「自分にとっての尺の間を、見つけて(掴んで)ごらん」

なんて子ども達に伝えられたら、子ども達も今までとは違う食いつきを見せてくれるかもしれません。

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続いて柔道です。

柔道経験者の方にまず聞いたのが「相手と対峙している時に、どこを見るか」ということです。

「相手が手から来るのか足から来るのか分からないので、相手の動きに対応できるよう、組むまでは全体をぼやっと見る」

これはサッカーにも言えることですよね。

例えば自分が守備をしているとして、対峙する相手がボールを持っているシーン。

ボールだけとか、相手の足だけとか、どこか一点に目を奪われてしまうと相手の初動や加速に対応できません。

相手の動き全体を見て、初動にすぐ反応できるように、どこか一点だけを「見る」のではなく、視線や動作も含めた相手の「全体」が俯瞰で観えていればいい。個人的には、そう思います。

逆にこちらがボールを持っている時も、考えは同じではないでしょうか。

目の前の相手だけ、その相手の足や目や何か一点にとらわれるのではなく、相手の身体全体を俯瞰する。

もしくは目の前の相手など見ず、もっとピッチの先までをも観えている状態でいること。目の前の相手ではないもっと先、もっと全体が観えて俯瞰できている状態になっていれば、それはほぼこちらの優位。

何を見るか。何が観えているか。この観点は、武道でもサッカーでも同じなのかもしれません。

「足の運びは、基本すり足。地面から離さずに、常に二本足のどちらにでも重心を移動させられるように」
「荷重側を払われたら、一発で投げられてしまいますから」

という話も聞かせてもらいました。

足の運び方。これも、対峙のシーンでは無視できない要素ですね。

この方が言われるように、どちらかに重心を荷重した瞬間に逆を取られる。サッカーでもよくあるやつです。マラドーナは、これが本当に巧かった。

そして、柔道経験者の方はこう言いました。

「上手い人ほど、力に頼らずに間合いを詰めるのが上手い印象でした。気がつけば懐に入られている」
「そして背負われ、投げられる。というよりかは、転がされるという方が近いかもしれません」

これ、誰かを想像しませんか? 僕は、イニエスタはまさにこれやん、と思いました。気がつけば、尺の間をつくられてこちらがフリーズしてしまう。そして、いいようにあしらわれる。

柔道については何名かの方にお話を聞いたのですが、みなさんもう、熱い方ばかりで・・・。こちらの質問以上にたくさんの答えを返してくれる方ばかり。なので今回書いた以外にも様々な話を教えてもらったのですが、全て書き出すとそれだけでコラム3回分くらいになってしまうほどのボリュームになってしまうので・・・。

今回は、視線と足の運びだけを紹介させてもらいました。柔道におけるその他の視点については、また別の機会に。

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最後に、キックボクシングの話を。実はこれも、日本発祥の競技なんですよね。

キックボクシング経験者の方の話

「距離感ってどんなスポーツにも必要な要素だと感じましたが、格闘技には、それが如実に出る気がしてます」
「右利きか左利きかで構えが違い、攻守の距離も違ってきたり。キックをやっていると、サウスポーがいかに有利かがわかります」

サッカーでも攻守問わず、「対峙している相手が、右利きなのか、左利きなのか?」で対応は変わってきます。比率で言えば圧倒的に右利きが多いはずなので、右利きの選手への対応と同じように動いてしまうと、見事に逆をとられてしまう。

「僕は右利きで、サウスポーの選手への距離を計るために、左手でジャブを打ち、左足で前蹴りを出しますが、自分から見て左側に、サウスポーの選手が牽制に使う右腕、右足がある分、距離を取りたくても、手足の距離が近いので、簡単に払われてしまいます」

自分が右利き、相手も右利き
自分が右利き、相手は左利き

これだけで、距離感はかなり変わってきます。先にあげた「尺の間」も、間違いなく大きく変わってきますよね。

距離感や間合いの話で言えば、わかりやすく踏み込まず、短い半歩の間合いでいきなりパンチを打つとか、構えを左右でスイッチして相手との間合いを図る、相手の間合い感覚を狂わせる・・・などの駆け引きも、キックボクシングにはあるようです。

このように、キックボクシングに限らず、相手とのコンタクトそのものだけを行う「間合いの種目」の人達は、殴り殴られ、蹴り蹴られ、掴み、投げ、投げられといった、自分の身体を削り、時には生死にも関わってくるギリギリの世界で戦っているわけです。

サッカーで相手に殴られることはないけれど(たまにあるけど)、コンタクトスポーツは自分の命を削りながら相手と対峙しています。

自分と相手との「間合い」を、我々サッカー人よりも遥かにリアルで感じながら、命のやり取りをしている人達の間合いに関する原理原則、そして処世術は、サッカーにも活かせることがとても多いのではと、強く思います。

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サッカーは局面を切り出せば、常に「間合いの競技」とも言えます。もちろんその周囲には複数の味方と相手とスペースがあり、その中で、対峙の瞬間が続いていくわけですが。

間合いを制することで、その局面を勝っていく。その積み重ねでグループの局面をも制し、全体の優位性へと繋げていく。

この考え方で言えば、相手と対峙する間合いの時に、日本人の優位性をもっと活かせないものか? 僕が前回のコラムからお伝えしたかったことは、そこに尽きます。

その考え方は、決して個人と個人の間合いや駆け引きの話だけでなく、ピッチ全体、チーム全体の考え方にも繋げ、活用していけるはずです。

相手の「正中線」はどのラインにあるのか。センターバック、ボランチ、トップの間に相手の正中線があるとするならば、相手をどう動かし、誰を引き出せば相手の正中線は崩れるのか。

こちらがボールをどこにどう動かせば相手はこう対応する、それを見越して、こちらはさらにそこで先や逆を取っていく。これはチームで共有すべき戦略だし、まさに「後の先を知り、後の先を取っていく」ということですよね。

武道において、普遍的に伝えられている概念や原理原則を、サッカーにも活かしていく。それは概念そのものでもいいし、最初は言葉遊びだけでもいいのかもしれません。

「相手の正中線を揺らせ!」「後の先、をイメージしながらやってごらん」といったように。

もしかしたら、選手達がサッカーをより深く掘り下げて考えたり、サッカーをより深く知ることのきっかけになるかもしれません。

欧米でまだ語られていないサッカーの掘り下げ方、そして子ども達への伝え方の一つとしても、日本人のDNAや文化に染み込まれているものを活用していくことは、決して的外れでも素っ頓狂なことでもないし、時代遅れなことでもないと思います。むしろ、先端をいけるのではないか。

日本人がいつかサッカーで世界をひっくり返すためには決して避けて通れない考え方の一つだと、僕は本気で思っています。

 

久保田コラム「日本語のサッカー指導で世界をひっくり返す(4)」武道の間合いと呼吸でイニエスタを育てる

 

 

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