2018.06.27 Wed

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第13回・星出悠(グローバル・セブFC選手兼任コーチ)後編

2015年のシーズン終了後に、UFL1部への昇格を決めたJPヴォルテスFCから、選手兼任監督への就任の要請を受けた星出は、所属するグローバル・セブFCとの契約延長か、ヴォルテスへの移籍かの二択を迫られる。現役続行の意欲が勝る状況の中、星出はひとつの決断を下す。熟慮に熟慮を重ねた末に下した決断は、選手続行と監督就任を両立するプレイングマネージャーとしてのチーム移籍だった。自身6度目のチーム移籍を決断した当時の経緯から現在に至る月日を、星出は言葉を選びながらゆっくりと語り始めた。【取材・文=池田宣雄(マニラ)】(写真提供:星出悠)

前編はこちら

◆試合出場を条件にヴォルテス監督就任要請を受諾

グローバルのボスに打ち明けてみると、ボスの回答は「今までどおりグローバルで選手をやりながら、ヴォルテスで監督やればどうだ?」ということでした。当然、ヴォルテスの永見さん(永見協氏・チームオーナー)には「さすがにそれはないだろう」と言われましたね。

これをやったらすべての人に納得してもらえないと思ったので、ヴォルテスでの新しいチャレンジを決断しました。まあ、後で冷静になってみると、グローバルのボスが言っていたような登録は不可能なことだと気づきましたけど。

それから永見さんと話して、選手として試合に出場することを認めてもらいました。正直なところ、まだ監督をやる意欲はそんなになかったんですけど、僕が引き受けるのがベストみたいな雰囲気だったので。それから本格的なチーム編成に着手しました。

 

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選手兼任監督という立ち位置でしたが、怪我でプレーできなかった数試合を除いて、ほとんどの試合に出場しました。でも、僕が監督と選手を掛け持ちしたことは、チームにとってはそんなに良いことではなかったと思っています。

例えば、試合で得点して無邪気に喜びたくても、もう次の指示をするとか、交代カードを切るとか、プレーに集中できないんです。僕自身は7割くらいのパフォーマンスしか発揮できなかった。それと、僕の出来が悪い時でも試合に出られない、同じポジションの選手のモチベーションを下げていたような気がします。

手探り状態で始めた選手兼任監督でしたが、監督としての手腕も、選手としても、いずれも中途半端になってしまいました。結果、チームの実力をすべて引き出すことができなかったと感じました。普通はこうなったら指導者の道に進むのでしょうけど、僕はまだ現役を続けたい一心で。それで永見さんにもう一度、誰か監督を雇ってほしいとお願いしました。

 

◆新リーグの発足に起因する古巣グローバルへの復帰劇

そうしているうちに、2017年シーズンからUFLがPFL(フィリピンフットボールリーグ)として再編されることになったんです。これまでのUFLはプロとアマが混在していましたが、新しいPFLは完全プロ化されて、リーグの監督はA級ライセンスがないと出来ないことになったんです。

 

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永見さんからは、A級のフィリピン人を監督として登録する形で、今までどおりの選手兼任監督の役割での要請がありました。その登録上の監督も、実際に指導する僕からサッカーを学ぶことに、非常に前向きな姿勢を見せてくれたので、チームに残るつもりでいたんです。

その直後に、古巣グローバルのボスからも、グローバルに戻ってくるよう連絡がありました。昇格初年度のヴォルテスで、規律ある組織的なチームを作り上げて、優勝したグローバルや、セレス、カヤといった強豪を倒したことを評価している、ということでした。

悩みましたが、最終的に古巣に復帰することを選択しました。理由は、国内リーグでは選手兼任コーチとしてプレーの場が与えられた上で、アジアの大会はコーチ専任で帯同するという条件だったので。アジアの大会にコーチとして臨めることが、僕にとってプラスだと思えたんです。

フィリピンのランキングがさらに上昇したので、フィリピン王者のグローバルは、ACLのプレーオフから出場することになっていました。そのプレーオフでブリスベン・ロアーに負けてしまって、AFCカップを戦うことになりましたけど、あの舞台で実際に指導の経験を積めたことは、大きな財産になりました。

古巣グローバルへの復帰は、とても順調な滑り出しで始まりました。でも、その状況は長くは続かなかったんです。

 

◆名門グローバルに起こった財政危機と悪化するチーム状況

僕を復帰させてくれたボスでしたが、この頃からチームにはあまりお金を使わなくなっていたと、後になって気づきました。ボスは有名な実業家ですが、フィリピンのフル代表のGMのような立場でもある人なんです。PFF(フィリピンサッカー協会)はとにかくお金がないので、男女各世代の代表チームの活動を、ボスのようなタニマチの人たちが支えているんです。

ここ数年で、フィリピン代表が強くなってきて、国民の関心も高まっています。サッカー先進国で生まれ育ったフィリピンハーフ選手のスカウトとか、念願のアジアカップ初出場とか、ボスはフル代表の活動の方に時間とお金を注いでいるようなんですね。

その影響で、2017年の5月以降、選手やスタッフへの給料の遅延が度々発生するようになりました。試合や練習に集中出来ない状況に陥りましたが、それでもPFLと AFCカップの日程をなんとか消化していました。今でも数ヶ月分の給料が未払いのままです。

2017年の年末に、ボスは新しいオーナーにグローバルを売却していたことも後で知りました。主力を含む多くの選手たちがチームを去り、残っている選手たちのモチベーションも低下しました。こんな状況では試合に勝てるはずがありません。僕自身もチームの活動からは少し距離を置かざるを得ない状況に陥りました。

前オーナーとなったボスとは、個人的には連絡が取れるのですが、やっぱり未払いがあったりするので、次のチームを探しています。幸いにも、フィリピン国外のチームから選手としてのお話が来ていますし、PFLの他チームからもコーチとしてのお誘いがあります。

ここフィリピンで長くお世話になってきたので、できればこの国に恩返し出来ればと考えています。選手としてなのか、コーチとしてなのか、たぶんないと思いますけど選手兼任コーチとしてなのか、まだ決めかねていますが、そう遠くないうちに次のチームを決めるつもりです。(了)

 

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【指導者プロフィール】

星出悠(ほしで・ゆう)。1977年生まれ。東京都出身。明治大学卒業後、YKK APで社員選手としてプレー。JFL昇格などに貢献する。チームがカターレ富山として発足するタイミングで退職し渡米する。アメリカの下部リーグでプレーの後、トリニダード・トバゴに活躍の場を移し、強豪ジョーパブリックFCに入団。日本人初となるCONCACAFチャンピオンズリーグに出場する。その後、インドのスポルティング・ゴアを経て、フィリピンの名門グローバルFCに移籍。フィリピン国内で数々のタイトル獲得に貢献し、アジアの大会にチームを導く。2016年にJPヴォルテスFCで選手兼任監督を務め、本格的な指導者の道へ。2017年から選手兼任コーチとして古巣のグローバル・セブFCに復帰。現在に至る。JFA公認B級コーチ。マニラ在住。

【執筆者プロフィール】

池田宣雄(いけだ・のぶお)。神奈川県出身のフットボールライター。大学で中国語を専攻してしまったがゆえに、社会人生活の大半を中華圏で暮らす羽目に。会社員を10年、会社経営を16年。現在は日本とフィリピンを行き来しながらのノマドワーカー。相棒はMacBookとFIAT500。

 

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