2017.09.13 Wed

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第12回・林雅人(浙江杭州女子監督)前編

中国女子2部リーグを戦う浙江杭州女子チームが、広東女子とのアウェーゲームを戦うため、広東省の珠海に入った。試合の前日にフェリーとタクシーを乗り継いで、チームが滞在している珠海郊外のホテルに向かった。部屋に入りWifiに接続して、林雅人監督にWeChat(中国版LINE)でホテル到着の報告とチームのスケジュールを確認する。(文・写真 池田宣雄)

「今日の(前日練習の)出発は15時40分です。僕のインタビューは明日の午前中にしましょう。試合後ですと、テンションが低い場合も考えられるので(笑)」

林雅人監督(以下、林)から、軽快なメッセージが返ってきた。チームバスの出発前、ホテルのロビーで約1年ぶりの挨拶をして、前日練習からチームに帯同させてもらった。

現在、浙江杭州女子チームには、林監督と末藤暢晃GKコーチ、なでしこジャパンで100試合に出場した近賀ゆかり選手が在籍している。

翌朝、ホテルでの朝食を済ませた後、近所のカフェに向かいながらインタビューを始める。話しは自然と中国生活においての「食」事情となる。

「選手たちは、アウェーで宿泊するホテルの食事を楽しみにしています。普段は人里離れた『基地』で、お世辞にも美味しいとは言えない食事をしていますからね。言葉を選ばないと後で(注・記事が中国語に翻訳されて)問題になってしまうかもしれませんが、僕の基準ではアスリートの食事としては色々物足りないと思います」

 

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林自身は、オランダでのアカデミーコーチ時代と、タイの地方都市での監督時代に、比較的質素な食生活を経験してきたこともあり、今の「基地」での食事でも耐え忍ぶことができると言うのだが。

「僕は雑食なんでまだ大丈夫です。オランダは特に食事のこだわりがない国で、うどんみたいなパスタに、缶詰のトマトソースをそのままぶっかけたものがよく出てきました。ハムとチーズがあれば良いとか、肉とじゃがいもさえあればオッケーとか、そんな環境でした。フィテッセのトップチームは、しっかりと管理されていましたけどね」

具体的に言うと、今の「基地」での食事には、どのような問題が存在しているのだろうか。

「基本的にバイキング式の中華ですが、品数が少なく選択の余地があまりありません。選手たちは一旦食堂まで来て、食べられそうなものだけを食べています。当然、それだけでは足りないので、最寄りの街まで行って食べたり、買い置きの食材などで補っています」

選手たちが生活する「基地」であれば、食事を含む体調管理の充実は必要不可欠だろう。監督の立場として、食事の改善は進言しているのだろうか。

「僕が言って改善できることはすべて行いました。改善されていないところは、いち外国人指導者の立場では及ばない領域ということなのでしょう。中国は全体的に食事への意識が低いような気がします。チームの古参スタッフも選手たちも、訴えて改善を促すようなことはあまりしないですね」

林の言う「基地」とは、浙江杭州女子チームが普段から活動する「杭州市足球運動管理中心」のことだ。チームでプレーする選手たちと、指導者以下、現場スタッフの全員が寮住まいをして、スタジアム、練習グラウンド、クラブハウスとジムを備える、サッカー専門の大きな施設だ。

「浙江省の体育局が管理する『基地』は、周りには何もないところにあります。良くも悪くもサッカーだけに集中できる環境です。リーグを戦う他省のチームも、規模の大小の差はあると思いますが、基本的には同じような施設で活動しているようです。日本の女子サッカー界では考えられないほどの、恵まれた環境ですね」

 

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中国の女子サッカーは、昨今のサッカー改革のうねりの中で、スポンサー企業の参画によるプロ化が急速に進んでいる。吉林省の長春には、中国初の民営女子プロチーム(女子1部リーグの長春農商銀行)が誕生している。

その他多くのチームは、主要各省や都市の体育局や、人民解放軍などが運営しており、そこにスポンサー企業が運営資金を提供する形を採っている。浙江杭州女子チームは現在どのような状況なのだろうか。

「浙江省の体育局が運営するチームです。そこに地元の不動産デベロッパーが、昨季の途中からヘッドスポンサーとして加わりました。体育局の基本的な年間予算が下地にあって、そこにスポンサーマネーが上乗せされる形です。ちなみにスポンサーさんは最近、吉田麻也(日本代表DF)が所属するサウサンプトンを買収しました(笑)」

「基地」を含むチームの活動費と、地元の若手選手たちやスタッフの人件費などを体育局側の予算で賄い、それ以外の補強関連の費用(林を含む外国人指導者や補強選手たちの人件費など)を、スポンサー側が賄う構図のようだ

体育局側の運営となる「基地」の管理には、決められた年間予算の括りがあるため、食事の質のみならず、芝の養生についても改善すべき余地があると言う。

「天然芝の練習ピッチだけで3面もあるんですけど、芝の手入れに関する予算に限りがあるという理由で、ピッチの状態は常に良くありません。面の数を準備しただけなんです。部屋も食事も用意されてピッチも何面もある。ちゃんと準備したんだから、これで勝てるだろう、というのが体育局側の論理です」

 

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それだけで勝てれば苦労はしないと、林は真剣な眼差しで話を続ける。外国人の指導者や選手たちはやがてチームを離れる。よってローカル選手の底上げは絶対であり、チームに残るものにお金を使う必要があると言う。

「チームの核となる選手は、お金を積めば外から連れてくることができます。でもプロを目指すこれからの選手たちを呼ぶには、『プロに与えられた環境は、どれも最高の状態なんだ』とか『私はここに来てプレーしたい』と思わせる必要があります。これは決して選手たちを甘やかしているのではないことを、わかってもらいたいんですけどね」

林は慎重に言葉を選びながら、中国での歯痒い現実を切々と語り続ける。1年を通してほとんどひとりの時間がない全寮制度についても、いつか再検討する日がくると言う。

「全寮制は選手の管理が容易な反面、個人のプライバシーはほぼ皆無です。住まわされて、食べさせられて、プレーさせられる。ちょっと飼われているような気持ちにもなります。ですので、ピッチ以外のところでは、可能な限り自由に行動できるようにしました。プロであるならば、自分の管理は自分ですべきですから」

コーチングを基礎から学んだオランダでのアカデミーコーチの経験。プロの男子トップチームの監督を経験したタイ時代。そして、サッカー改革真っ只中の中国での経験。林は今、多くの指導理論のその奥底にある監督論の領域に、正面から向き合い始めている。(後編につづく)

【プロフィール】

林雅人(はやし・まさと)。1977年生まれ。東京都出身。日本体育大学卒業。2000年からオランダに渡り本格的な指導者の道へ。2002年から2008年までフィテッセのユースアカデミーに在籍、各年代で監督やコーチを歴任。帰国後、東京23FCコーチ、浦和レッズトップチーム通訳。2015年にタイ2部ソンクラー・ユナイテッド監督。2016年から中国に渡り中国女子2部浙江杭州女子コーチ、2017年に監督昇格。UEFA公認A級およびJFA公認A級コーチ。浙江省杭州市在住。

【執筆者プロフィール】

池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。桜美林大学文学部卒業。上海勤務を含む10年間の会社員生活の後、2002年に香港で起業。2012年から執筆活動を開始。香港紫荊會有限公司代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

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