2017.07.10 Mon

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第11回・比嘉リカルド(深圳南岭鉄狼コーチ)前編

後1

羅湖口岸から中国に入境する。香港から深圳に移動する際に利用するいつものイミグレを通過して、タクシーで目的のホテルに向かう。まだ人々が動き出す前の早朝だったこともあり、思いのほか早く着いてしまう。ホテルのロビーで待っていると、エレベーターホールの方からプラシャツ姿の外国人がひとりふたりと現れる。そして、約束の時間ちょうどに目的の男が降りてきた。(文・写真 池田宣雄)

「おはようございます!」

ブラジル出身者たちが発声する、独特のイントネーション。笑顔で右手を差し出す男の名前は、比嘉リカルド(以下、リカルド)。彼は現在、中国フットサルリーグの強豪・深圳南岭鉄狼でアシスタントコーチを務めている。

選手たちの乗るチームバスがホテルを出発する。リカルドは移動中からトレーニングが始まる直前まで、指導者やスタッフ一人ひとりの紹介と、このチームが保有するトレーニング施設の説明を続ける。

取材の当日は、午前と夕方の二部練習だったこともあり、午前のトレーニングは僅か60分で終了。途中で3分間のブレイクを挟むだけの濃密なメニュー構成だった。

 

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チームは一旦解散となり、ホテルに戻りシャワーを浴びたリカルドが、ホテルのカフェに姿を現した。取材の趣旨を説明した上で、中国に渡ることになった経緯から話しを伺った。

「私は2015年の春まで、仙台のチーム(ヴォスクオーレ仙台)で監督をしていたのですが、契約満了になって次のチームを探していました。以前からお世話になっていたアジウさんが、当時このチームで監督をしていたので連絡してみたんです。私の状況をアジウさんに話してみたら『アシスタントコーチとして中国に来ないか?』と言ってもらえたんです」

アジウさんとは、ポルトガルの名門ベンフィカでの指導や、名古屋オーシャンズ全盛期の礎を築いた、ジョゼ・アジウ・アラマンテ氏のことだ。リカルドは現役選手時代から、フットサル指導者となる過程で、アジウ氏と連絡を取り合い、多くの助言を得ていたのだという。

「アジウさんは、結果を残してきた指導者として尊敬していますし、本当にオープンに話してくれる人です。AFCの大会だけの短い契約だったけど、アジウさんと一緒に仕事ができるんだったら、条件や期間は関係なかった。何も悩まず、すぐに中国に向かいました」

 

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実際に、リカルドの最初の契約は、AFCフットサルクラブ選手権終了までの、わずか3ヶ月間のアシスタントコーチ(GKコーチも兼任)という条件だったようだ。

「そのAFCの大会では結果を残すことができなくて、残念ながらアジウさんは解任されてしまいました。当時のアシスタントコーチだったバーチさん(現監督)も、私も帰るしかなかった。でもチームを離れるアジウさんが、バーチさんと私を『良い指導者だから』とオーナーに話してくれて、ここに残ることになったんです。アジウさんには失礼だったですけど、私たちの指導を認めてくれたんだと考えるようにしました」

チームに残ったバーチ監督とリカルドは、新たなスタッフと選手を補強して、中国国内のタイトルを防衛することに成功する。チームのオーナーも、外国人指導者や選手たちの生活環境を少しでも良くしようと、住まいや食事面に配慮してくれたようだ。

「バーチさんはホテルの側のマンションに、私と外国人選手たちはここのホテルに住んでいます。オーナーの意向で、ホテルには西洋風の雰囲気と食事があります。トレーニング施設も車で5分のところに造ってくれました。深圳にはシュラスコのお店やイタリアンもありますし、香港も近いので環境は恵まれていると思いますよ」

 

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深圳南岭鉄狼は、中国サッカーが勃興する以前から、発展著しい深圳市で発足した民間のサッカークラブで、市内有数の育成組織を持っている。11人制のチームはないが、7人制チームは中国でも指折りの強豪だ。そしてリカルドが指導するフットサルチームは、中国随一と言える完全プロチームである。

「ここのオーナーは今でもボールを蹴るんですよ。サッカーを理解していてセンスが良いです。ホテル、マンション、病院の経営で成功した有名な人です。バーチさんや私にすごく前向きな話をしてくれます。中国でよく聞くようなアリエナイことは、今まで言われたことは一度もないです(笑)」

とは言え、オーナー以下フロント側のすべてが現場を理解しているわけではないはず。時と場合によっては相当シリアスな話をすることもあるのではないだろうか。

「オーナーには、チームが勝つために使うお金に対するプレッシャーがあるから、時々しっかり説明してほしいと言われます。フロントのスタッフとも、現場を理解してもらえるように話しています。選手起用のこと、スタッフの人選のこと、この辺りの話が難しいですね」

 

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中国のフットサルリーグを戦うチームは、大学チームを除く概ね70%ほどがプロだと言われている。深圳南岭鉄狼は完全プロチームであり、外国人の指導者と選手を招聘した上で、主に広東省出身の中国人選手たちで編成されている。

「強化のために他の地域の選手も呼びましたが、基本的にはここの地域の選手たちがプレーしています。毎年タイトルを獲り続けてきたこともあって、経験豊富な選手たちが残って、彼らはここでの安定した生活を好んで送っている感じです。サッカー選手ほどの給料じゃないけど、このチームは勝利ボーナスや優勝ボーナスがちゃんとあるんですよ」

リカルドはおもむろにスマホを握り、ブラジル人選手を呼び出す。いつの間にかランチの時間になっていたようだ。席に着いた選手とひと言ふた言交わしたリカルドが、馴染みのウェイトレスを呼び注文する。

この後、ランチを挟みコーヒータイムまで取材を続けた。インタビュー後編では、リカルドの描く理想の指導者像、日本フットサル界への熱い思いや、AFCフットサルクラブ選手権への意気込みなどをお届けする。

(後編につづく)

Faça o melhor que puder. Seja o melhor que puder.
O resultado será na proporção do seu esforço. Acredite no seu sonho!

– Ricardo Higa –

できる限りベストを尽くそう。できる限り最高のものにしよう。結果はあなたの努力に比例する。あなたの夢を信じて!

【プロフィール】
比嘉リカルド(ひが・りかるど)。1973年生まれ。サンパウロ州カンピーナス市出身。1991年から1995年まで、リオ・ブランコ・デ・アメリカーナなどブラジル国内でプレー。1997年に日本に渡り、アルビレックス新潟やFC琉球などでプレーの後にフットサル転向。2007年から名古屋オーシャンズ、2008年からデウソン神戸でプレーの後に現役引退。2009年からデウソン神戸監督。2012年からヴォスクオーレ仙台監督。2015年に中国に渡り、中国フットサルリーグの深圳南岭鉄狼コーチ。2003年に日本国籍取得。元フットサル、元ビーチサッカー日本代表。JFA公認サッカー、フットサルC級コーチ。広東省深圳市在住。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。桜美林大学文学部卒業。上海勤務を含む10年間の会社員生活の後、2002年に香港で起業。40歳を過ぎてから執筆活動を開始。香港紫荊會有限公司代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

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