2017.05.23 Tue

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第10回・藤本雄基(広州富力ユースアカデミーコーチ)後編

藤本雄基(以下、藤本)は2016年の10月から、中国スーパーリーグの広州富力ユースアカデミーに指導者として赴いている。彼ら日本人コーチ陣は単年契約の中で常に結果を求められる、厳しい環境下での海外赴任だ。筆者とレストランで向かい合う藤本の言葉が、熱を帯びていく。(文・写真 池田宣雄)

(前編はこちら)

「日本でも求められることですけど、海外では本当に結果がすべてなんです。僕はまだここで年代別のチームを任されていませんが、いずれは是非やってみたいです。その時に与えられたミッションを遂行できるよう、どうすれば結果で報いることができるかを、今から真剣に考えてます」

藤本が、何より結果がすべてだと悟ったのは、19歳の時にドイツの地域リーグでプレーしていた時だという。彼はわずか1シーズンでの帰国を余儀なくされた経験がある。

「あの時の教訓は、その後の選手生活で常につきまといました。何か問題に直面したところで主張を繰り返しても、事態は思ったように好転しません。ですから改善を求めるだけではなく、自分自身が変わらなきゃいけないんです」

 

13.fuji

 

藤本の言葉を深掘りしてみると、こういうことだった。

「結果がすべてなのであれば、そのために自分は何をすべきか、どうあるべきかを考えます。与えられた条件や環境の中で、自分がやれるのかどうかということです。ちょうど香港でプレーしていた頃から特に意識してます。香港と広州は少し違うのかもしれませんが、同じ言葉を喋る人たちですから、通じるものがあると思っています」

通じるもの――。指導者としてほとんど経験と実績のない藤本が、中国スーパーリーグの指導者として、自身の何が通じたと感じているのだろうか。

「過去にアジアで挑戦した経験が通じたと思っています。その国の文化や習慣の上にサッカーがあることを、肌身で感じてきた経験があります。日本では考えられないようなことでも、何ごともなかったかのように平常心で取り組めることとか。環境に順応しているとか。おこがましいですけど、ここで普通にできていることは評価してもらっていると思います」

 

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話題は変わり、中国での育成指導について。本格的な指導者になって日の浅い藤本ではあるが、これまでの中国での日々を振り返り、感じていることを話してもらうことにした。

「日本人の指導者が、中国でできることはたくさんあると思います。僕が担当している小学校が、これまであまりサッカーに力を入れてこなかった場所だからこそ、余計に感じているのかもしれませんが、中国ではサッカーの練習より前の、練習をするための環境づくりから整備することが必要です」

アボカドサラダを突きながら、藤本は続ける。

「もちろんそれは、自分が手取り足取り指導するという意味ではないです。富力アカデミーの活動を支えてくれてる学校の先生とか、これまで練習会場に無断で入ってきていた保護者の方々に協力してもらうんです。意思や要望は伝えます。でもそれ以降は、皆さんに考えて行動してもらいました」

これは日本的な常識を一方的に押し付けない、ということだろうか。

「そうです。意味を考えて行動して欲しいんです。どんなプロセスでも僕は構わないんですよ。結果的に改善できて、富力アカデミーとして感謝の意を示せれば、より良い関係が築けると思うんです。これもサッカー文化の伝承ですよね」

意味を考えて行動する。この言葉は藤本の根底にある思考のようだ。

「練習でも、子供たちに自分で考えてプレーすることを仕込んでいます。ここの小学校で指導を始めてから、子供たちの意識は明らかに変わり、責任感が出てきました。サッカーに集中できるようになったし、練習後に、ボールを探す子、使ったビブスをまとめる子などもいます。僕は『自分たちで何をすべきか考えよう』と言っただけです」

 

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藤本はこれらを、周りの子供たちには絶対わからないことだという。何も考えないで行動させては、何も生まれないのだと。

「実際に、写真を撮り続ける池田さんに水を持って行った子がいたでしょう。あれは僕の指示じゃないですよ。おそらくですが、カメラ片手に蹴り出されたボールを拾い集めていた、池田さんの姿を見ていたんだと思います(笑)」

頼んだジンジャーエールがお店にないと知り落胆する藤本。今日の取材で筆者が嬉しかったのは、藤本の語学力が格段に進歩していたことだった。

「英語は香港でのプレー以降、東南アジアでのトライアルで必要だったので、自分なりに頑張りました。今の富力では公用語のような言葉ですから、さらに磨きがかかっています。ただ、練習でアシスタントの通訳を待てないような単語は、中国語で言えるようにしてるところです。今、自分が使っているいくつかの単語が、普通語なのか広東語なのか分かりませんけどね(笑)」

指導者に転向して、幸先よく海外での指導に携わることになった藤本。若年代向けの指導内容に定評があると言われている日本で、指導経験を積むという選択肢はあるのだろうか。

「今、31歳なんですけど、できれば5年くらいは中国で指導していたいですね。育成の結果はすぐには出ないですから、子供たちの成長をこの目で見たいんです。僕は日本へのこだわりはありません。選手時代からやってきたことの続きで、海外で仕事をするのが自然だと思っています」

お店の会計を済ませて、音声の収録を止めた。普段から付き合いのある藤本が、何を思っているかを聞きたくなった筆者は、指導者としてアジアで成功するために、これからどのような指導をしていくべきか、個人的に質問した。

「現地の事情や状況に合わせたサッカーを模索したいです。何でもかんでも日本的にやるべきではないと。きっと通用しませんから。理想のサッカーではなく、現実的に戦う必要があると思っています。声を大にして言うと問題あるかもしれませんが、型にはめ込む指導は如何なものかと」

最後に、自身の未来の指導者像を描いてもらった。筆者の常宿の前まで送ってくれた藤本は、取材の終わりを惜しむかのような表情で締め括った。

「英語で堂々とやれる指導者になりたいです。そこを目指す上では、若い年代やフィジカル、データ分析などの専門的な経験と実績も必要だと思います。英語で堂々とやれている日本人指導者はまだ少ないですよね。喜熨斗さんのような指導者は本当に少ない。僕にとって、喜熨斗さんは特別な存在なんです」

(了)

【プロフィール】
藤本雄基(ふじもと・ゆうき)。1986年生まれ。埼玉県出身。大宮東高校卒業後、ドイツの地域リーグクラブでプレーの後、2006年にJ2ザスパ草津と契約。その後は日本の地域リーグクラブを渡り歩く。2013年にモンテネグロ2部のFKゾラ、2014年に香港1部の元朗FC、ミャンマー1部のマグウェFCなど海外でプレーを続ける。2016年に現役を引退して、東京都内のサッカースクールで本格的な指導者の道へ。同年10月から中国に渡り、中国スーパーリーグ広州富力ユースアカデミーコーチ。JFA公認C級コーチ。広東省広州市在住。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。桜美林大学文学部卒業。上海勤務を含む10年間の会社員生活の後、2002年に香港で起業。40歳を過ぎてから執筆活動を開始。香港紫荊會有限公司代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

 

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