2017.03.29 Wed

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第9回・若杉秀俊(広州富力U-12監督)前編

写真:池田宣雄

「ハーイ! コーチ!」「ハロー! ワカ!」。若杉秀俊(以下、若杉)が小学校の校庭に姿を現すと、ボールを蹴りたくて仕方がない子供たちが、次々と声を掛けてくる。早朝からの授業を終えて、やや疲れた表情の生徒もいれば、快活で元気な子の姿もある。広州の交通の要所、広州東駅から地下鉄を乗り継いで45分ほどの郊外にある高塘石小学校が、若杉が平日の夕方に指導する、市内有数のサッカー強豪校だ。(文・写真 池田宣雄)

練習までの時間に校内を見渡してみると、真新しい人工芝で覆われたサッカー場と、フットサルコートが3面も整っている。ふと校舎を見上げると、学校名が3色のサッカーボールのモチーフで彩られている。

「(広州)富力が提携している市内の小中学校には、以前からサッカーの重点校として活動してきた学校がいくつかあります。ここもそのひとつで、全国大会や省大会でも名を馳せた小学校です。普通の公立小学校なのですが、昔からサッカーをしたい子供たちが集まってくる土壌があったようです」

 

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習近平・国家主席の鶴の一声に始まるサッカー改革により、巨大資本によるサッカー学校が中国各地に林立しているが、中国南部のサッカーどころである広州では、以前からサッカーの指定重点校を設置して、独自の強化に励んできた経緯がある。

「人工芝も昨年張り替えたばかりですし、夜間照明も配備されています。サッカーボールや道具もそろっていますし、体育の授業もサッカーがメインなんです。自治体からも毎年サッカーの予算がおりていまして、ほとんどの男女生徒たちが毎日ボールを蹴っています」

若杉は、中国スーパーリーグに所属する、広州富力U-12の監督を務めている。U-12は市内全域の小学校から選抜し、毎週末に宿泊のかたちで大会遠征や練習を行なっている。平日は、提携校のひとつである高塘石小学校で指導をしているという。

「この小学校では、男子の5、6年生のAチームを指導しています。富力のユースアカデミーとして良い練習を提供するためには、指導する人数にも際限があります。下の学年や女子チームは学校の先生方(体育教師)が指導します。Aチームの人選については、私と先生方で話し合って決めています。ちなみに、この学校から富力のU-12に連れて行っているのは、現在は4人です」

若杉は基本情報の説明を終えると、ピッチで指導を開始した。

若杉の指導はすべて英語で行なわれている。挨拶に始まり挨拶で終わった正味2時間の練習中、流暢かつ洗練された英語指導が心地よい。生徒たちの中には、英語をある程度理解できる子もいるが、基本的には英語を中国語にするアシスタントがサポートに入っている。

 

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若杉とペアを組むアシスタントは「蔡ちゃん」というサッカー経験のない女性だ。広州富力から派遣するかたちで、すでに1年近く若杉の通訳を務めており、抜群のコンビネーションを見せてくれた。筆者が聞き耳を立てた限り、彼女の通訳はほぼ完璧な表現だった。

先生方が受け持つ他の生徒たちの練習は、1時間ほどで終了。校庭は一旦静寂を迎えたが、若杉の英語と蔡ちゃんの中国語、そして生徒たちの声とボールを蹴る音が、校舎の壁を伝ってこだまする。なんともノスタルジックな夕方の風景だった。

学校単位の市内大会を目前に控えていることもあり、最後のメニューとなった紅白戦を終えた若杉は、集合した生徒たちの気を引き締めていた。そして、生徒たちは散らばったボールを集め、ビブスを水洗いして干していく。若杉が施している教育の一端を垣間見ることができた。

「この生徒たちには、広州市ナンバーワンになるための指導をしています。市内には広州市サッカー協会がサポートする、実績のある小学校があり、そこを倒して優勝することを目標に掲げています。古き良きライバル関係のようですが、学校は富力と提携したことで彼らを上回れると考えているようです」

指導を終えた若杉は、ややしゃがれた声で筆者に声を掛け、インタビューを行なう市内に向けて移動を始めた。移動の道中もアシスタントの蔡ちゃんとコミュニケーションを図りながらも、取材に訪れた筆者へ解説を続ける。

「中国は今まさに過渡期を迎えています。まだまだ、プロサッカークラブのユースチームが参加できるような大会が整備されていません。中国の若年代指導者にとっては、やはり学校や自治体単位の大会が主戦場なんだと思います。実際に大小様々な大会が開催されていますし、長い間、切磋琢磨してきたライバルとの体面もあるみたいです」

帰り支度に手間取り、まだ学校に残っていたひとりの生徒に追い抜かれながら、若杉が続ける。

「富力と提携している学校の先生方は、皆さん本当に素晴らしいですよ。なんでも吸収しようという気概が感じられますし、私たちが指導するにあたってのサポートには惜しみないものがあります。また、学校側としては、外国からやってきたプロの指導者によるチームの強化が見込めます。ライバルを上回るためには、良いやり方だと思います」

 

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Aチームではない生徒たちや、無断で練習などに介在してくる親たちとの距離感はどんなものだろう。

「先生方が他の生徒たちを管理していますので、目立った問題は発生していません。ただ、中国はこれまでエリート選手の養成しかしてこなかったようで、Aチーム以外の生徒たちまで熱心に指導しようとはしません。ですから、生徒の選考は常に断腸の思いを伴います。保護者の皆さんについては、私が指導を始めるタイミングで、練習中は生徒たちと距離を置いてもらうルールを決めて、学校側も協力してくれています。よく聞くような珍事は、ここでは起こらないです(笑)」

もうひとつ、中国では自治体のお偉い方や、資金提供する側の親の子供たちが、チームに加わることをよく耳にする。若杉の周辺も実際にそうなのだろうか。

「この1年でえげつないのは減りましたけど、その種の子供たちが選考とは別ルートで入ってくることはあります。本当は突っぱねたいところですが、これも中国の文化のひとつだと割り切って、のみながらやっています。何もかも突っぱねていたら、ここでは続けられないですから」

乗り換えの駅でアシスタントの蔡ちゃんと別れ、若杉と筆者は広州東駅近くの和食店に向かった。後編では、若杉のこれまでの指導者としての活動を中心に、じっくりと話しを伺っていく。

(後編はこちら)

【プロフィール】
若杉秀俊(わかすぎ・ひでとし)。1977年生まれ。愛知県出身。早稲田大学在学中に少年サッカー指導に携わり、本格的な指導の道へ。卒業後は早稲田大学大学院に進み、人間科学研究科スポーツ科学研究領域を修了。2005年に単身渡英、ボーラムウッドFC U-19で指導を学び、FAインターナショナルコーチングライセンス取得。帰国後は、FCミネーリオU-15監督、早稲田大学ア式蹴球部Bチーム監督、FC時之栖U-12監督を歴任。2010年から横浜F・マリノスフットボールアカデミー。2016年から中国スーパーリーグ広州富力U-12監督。JFA公認B級コーチ。広東省広州市在住。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。桜美林大学文学部卒業。上海勤務を含む10年間の会社員生活の後、2002年に香港で起業。40歳を過ぎてから執筆活動を開始。香港紫荊會有限公司代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

 

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