2017.03.02 Thu

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第8回・喜熨斗勝史(広州富力トップチームコーチ)後編

2015年シーズン終盤、ドラガン・ストイコビッチ監督率いる広州富力は、中国スーパーリーグからの降格危機を脱した。翌2016年シーズンは中盤戦から徐々に順位を上げ、最終的に北京国安に次ぐ6位でリーグ戦を終えた。広州富力トップチームコーチの喜熨斗勝史(以下、喜熨斗)は、2016年シーズンよりトップチームの指導と兼任する形で、ユースアカデミーのテクニカルディレクターに就任している。

【前編はこちら】

喜熨斗は言う。

「アカデミーは、火曜から木曜まで広州市内の公立小中学校と提携して、中国の教育現場で子供たちへの指導を行っています。セレクションで選んだ子供たちを(提携している)近い学校に転校させて、一般の子供たちと一緒に練習します。また、金曜から日曜までは選抜した子供たちで、グラウンドの近くに宿泊して練習や試合を行います」

広州市内の複数の学校で指導を行っているようだが、ユースアカデミーでの指導にはどのような体制で臨んでいるのだろうか。

「私も現場に立つこともありますが、普段は日本から招聘した9人の日本人コーチを派遣しています。提携する学校も徐々に増えて10校を超えました。選抜した子供たちの毎週末の宿泊などはお金が掛かることですが、中国では今それができるんです」

 

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街のライバルである広州恒大のこのカテゴリーでの活動は、広東省清遠市で開校した寄宿制の恒大足球学校が有名だが、広州富力はホームタウンである広州市内で、市の教育委員会などと共同作業を行っているという。

「恒大は遠い街に学校を作って、中国全土から子供たちを獲得しています。富力は地元の公立学校と提携して活動しているので、広州市のサッカー協会や教育委員会などからも支持を得ています。学校単位の大会では、青い(富力の)ユニフォームを着た学校が各カテゴリーを席巻しています」

インターナショナルスタンダードの方針を掲げる広州富力において、喜熨斗はユースアカデミーに多くの日本人指導者を招聘した。その背景や意図を尋ねてみた。

「今や、多くのサッカー先進国のコーチがアジアで指導しています。しかし残念ながら、アジアのトップチームでレベルアップに貢献している日本人コーチが少ない。ですから、アジアに貢献できるコーチを育成するという意図をクラブに理解してもらった上で、その意志のある人を日本で厳選しています」

喜熨斗はトップチームの活動に影響しない時期に、自ら日本全国に足を運んで、ユースアカデミーでの指導にあたる人材をスカウトしているという。

「私自身の人脈から、優秀な人材に声掛けをしています。所属先との契約が残っていても、他からも誘われていたとしても、欲しいと思える人材にはきちんとした提示をします。日本だけに留まらない広い視野を持ち、英語での指導を臆することのない人材を集めています」

英語での指導――。広州富力は世界中の人材を招聘して活動していることから、クラブ内でのコミュニケーションは主に英語が使用されている。中国人のコーチやスタッフも英語話者を積極的に育成している。必然的にユースアカデミーでの子供たちへの指導も、英語で行われている。

「中国だから中国語で指導するということではありません。それは、やがて中国から世界に出て行ける選手を育成することが最大の目標だからです。また、世界で渡り合える日本人コーチを育成したい。英語が話せる、ではなく堂々と口論できるようなレベルが理想的です」

 

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喜熨斗は、自らがスカウトしてきた日本人指導者たちに、かなり明確に指導要領を作成告示しているという。

「まず『日本では…』で始まるような日本式の指導は厳禁です。中国は文化も制度も日本とは違いますので、日本と同じものは作れません。そもそも広州富力は、トップチームもアカデミーも日本以上のものを作り上げる計画ですし。この原則を理解できないとしたら、残念ながらノーチャンスです」

日本で使用されているサッカー用語は、そのほとんどが英語由来のカタカナ単語である。近年は広く一般でも戦術論などが交わされるようになり、新しいカタカナ単語も瞬時に浸透するような時代になった。

「やっぱり、日本人の持つ英語に対する耐性は高いと思います。流暢に話せなくても、日常の日本語会話の節々に、かなりの英単語が混じり込んでいて、ベースは高い位置にあります。アカデミーでは使用する英語の表現を統一しています。指導がスマートになりますし、子供たちの理解度も格段に上がります」

中国サッカー協会は今年に入り、スーパーリーグに参戦する各クラブに対して、ユースアカデミーなど育成組織の運営規則に更なる条件を付け加えたという。

「クラブの全体予算の15%相当を、育成組織の運営に使わなければならなくなりました。例えば、クラブの予算が10億人民元(約160億円)だった場合、その15%にあたる1億5千万人民元(約24億円)もの予算を、育成組織のために組むことになるのです」

つまり、収入の大部分を占める親会社からの資金を潤沢に使いたいのであれば、その分、育成組織の運営にも大金を投入しなさい、ということなのだろう。

「この新規則はかなり極端な数字ですが、自国選手の育成と強化の面では、お金の使い方として正しい方向に向かったと思います。これで外国人選手に投じる予算に抑止力が働きますし、育成組織に関わる、あらゆる環境が飛躍的に改善されます。明らかに今後のアカデミーの活動には追い風です。中国は一気に自国選手の育成方向にシフトしました」

 

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かくして、多忙を極める喜熨斗に許された取材の時間も、残りわずかとなったところで、これまでの日々と今後の展望についてうかがった。

「広州に来て1年半が経過しました。まず結果を出して、練習を評価してもらって、アカデミーの話が出てきて、状況が好転しました。一人二役の重責の中で、まったく気の抜けない日々を送っていますが、今は、日本にいては絶対にできないことを、ここ中国でやっている自覚と自負があります」

ユースアカデミーに招聘した日本人指導者たちのマネジメントも、規模の拡充と共に複雑になっていくのであろう。中国で経験している責務について、喜熨斗は真摯な思いでいる。

「人の人生を判断しなければならない立場になって、その立場の人たちの気持ちが初めて分かりました。日本ではずっと判断される側にいましたが、今は判断する側の役目も担っています。組織のマネジメントについては自分自身も学んでいるところですが、この経験は将来必ず役に立ちます」

最後に自身の展望をうかがった。喜熨斗はこう言い残して、取材を締め括った。

「将来的にはトップチームで監督をやるつもりでいます。このクラブでコーチングとマネジメント能力に磨きをかけて、モウリーニョやベンゲルのように、コーチとしての能力を評価してもらえる日のために準備しておきます。もし日本に戻れたら家族と一緒に生活できますが、それがいつになるかは分かりませんね(笑)」

(了)

【プロフィール】
喜熨斗勝史(きのし・かつひと)。1964年生まれ。東京都出身。日本体育大学卒業後、都立高校教員を経て東京大学大学院に進む。修士課程修了後の1995年から本格的な指導者の道へ。ベルマーレ平塚、セレッソ大阪、浦和レッドダイヤモンズ、大宮アルディージャ、横浜FC、名古屋グランパスでコーチを歴任。2015年から中国スーパーリーグ広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター。JFA公認S級コーチ。広東省広州市在住。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。高校卒業まで地元茅ヶ崎でサッカー少年。都内の大学で中国語を学び、大手物流会社で上海勤務。2002年に香港で起業。2012年からサッカー専門誌などでの執筆活動を開始。AFCB香港紫荊會代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

 

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