2016.09.02 Fri

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

『味方の中でプレーすること』を知らない日本代表。~育成年代の指導者が見たUAE戦~【久保田コラム】

大好評の久保田コラム。テーマは日本代表のUAE戦です。攻守にちぐはぐなプレーを続け、ホームで敗れた原因はなんだったのでしょうか?「味方の中でプレーする」ことを身に付けず、身体能力の高さでプレーできてしまう子が、Jの下部組織に青田買いされていくことの意味とは?(文・久保田大介/SUERTE juniors 横浜)

9月1日に行われたW杯アジア最終予選のUAE戦、残念ながら1-2で敗れてしまいました。

浅野選手のゴールが認められないなどの誤審もあり、なかなか納得できない結果となりましたが、僕はそれ以前に、日本の選手達が、攻守ともに《味方の中でプレーしていない》という感想を抱きました。

皆、自分のタイミング、自分の感覚だけでやっている。

もちろん《日本のなかで、最もすごいやつら》の集まりですから、その場の即興で何とかなってしまうこともたくさんあると思います。今までもそういう環境で育ってきた、何とかなってきた選手達ばかりでしょう。

味方の中でプレーするということは、お互いの特徴(長所も短所も)を理解、尊重し、チームが持つ戦略を高いレベルで実行するために、互いを活かし合いながらプレーし、ゲームを進めていくことだと、僕は思います。

でも攻撃面で疎通がないから、自分達のボールの失い方を決められない。チャレンジが成功するかは、その場次第、やってみないとわからないという攻撃の繰り返し。すべてその場の感覚。

感覚と感覚同士が噛み合えば、それこそが最強だと僕は信じているけれど、嚙み合わせるための擦り合わせを、恐らくこのチームはしていない。する時間がない、というエクスキュースはあるけれど。

「あいつならこういうことが起こりうる」「恐らくこういう、ボールの失い方をする」という想定とそれに備える速さがなく、UAEのカウンターに対する中盤での対処が出来ていない。ゆえに、吉田と森重の2人だけで対応(しかも後手)せざるを得ない状況の繰り返し。

ふたつの失点のきっかけとなったボールロストのシーンも、まさにそういう失い方でした。自分の感覚のみでプレーしたことで、起こってしまった悲劇です。

 

◆予測もUAEのほうが速かった

崩しの場面でもそう。1人目と2人目は合うけれど「あの2人があそこでパス交換するということは、その次とその次と次はこうなる」「あいつなら必ずここにパスを出してくれる」という、確信を持ったフリーランニングがない。

だからUAE陣内に入り込んで、狭い中央をスルーを含めたワンツーでこじ開けようとしても、3人目で必ず捕まっていました。

そこに対する予測は、UAEの方が圧倒的に速かった。GKも含めて。予測というより、あらかじめ知っていたという感覚かも。日本のことを洗いざらい研究していたはずだから。

でも、日本の選手達はそうなることを想定も予測もしておらず「成功すればいいな」「そのうち決まるだろう」くらいの感覚しかなかったんじゃないか。

だから、急にボールが来て慌てる、足が合わずミートできない、空振る。「ボールを失う」ということをわかっていないために守備も遅れ、吉田と森重が疲弊していく悪循環。

「相手を観てプレーする」「周りを観てプレーする」等は少年期から言われることも多いけれど、僕は「味方の中でプレーすることを知る」というのが、サッカーを知ることの第一歩だと思っています。しかし、そこを少年期から伝えずに、その場の技術と身体能力と感覚だけでプレーさせ、それで何とかなってしまう子達をJの下部組織がセレクションで拾っていくことが、毎年繰り返されています。まぁこれは僕の勝手な思い込みかもしれませんが。

 

◆味方の中でプレーすることの意味

では《味方の中でプレーすることを知る》とは、具体的にどういうことでしょうか。

僕が指導する SUERTE juniors 横浜(以下スエルテ)の保護者の皆さんには、今年度初頭、プリントにして配りました。

今、僕がどんなことを考え、思い、スエルテの選手達にどう伝えているか。それを、ここでも公開したいと思います。

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【サッカーは子どもを大人にする】

なぜ、サッカーは子どもを大人にするのか。それは、サッカーが《一番自由なスポーツ》だからだと思います。

サッカーが持つ「自由さ」の中で「今、自分がどう行動すべきかを自身で感じ、見つけ、選び、勇気を持って実行する」というプロセスを、子ども自身が仲間と共に学んでいくのだと思います。

・人を惹きつける、魅力ある大人に
・弱者に寄り添える、優しい大人に
・自分だけの意見を持つ、唯一無二の大人に
・社会の閉塞感を突き破る、勇気ある大人に

彼らは、これから魅力的な大人になっていく。いや、そうなっていかなければいけません。「スエルテでサッカーをしていたこと」が、ほんの少しでも、その原動力になっていければいいな。そんな想いを、われわれコーチ陣は抱いています。

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【サッカーの本質って、何だろう】

世界中の指導者が、その答えをずっと探しています。でも、見つけられないでいる。おそらく、そこに普遍的な正解はないのでしょう。

しかし正解はないにしても、それぞれの指導者が各々信じる「本質」は、持っていなければいけないと思います。本質を選手達に伝えるのも、指導者の役目です。

では、僕が信じるサッカーの本質とは何でしょうか。

「《サッカーは味方の中でやるもの》ということを理解し、プレーで表現する」

これが今、自分が辿り着いたスタンスです。そして選手達にも、そう伝えています。

【味方の中でやる、とは】

技術、判断、タイミング…といった「スキル」の面。
繋がり、連帯、友情、勇気…といった「心」の面。
この両方です。

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【サッカーは味方の中でやるもの〜スキル編】

ボールを受けた時の次の目的は、味方にパスをすること。もちろんそのまま自分でシュートまでいければいいですが、まずはパスが必要になってきます。

ただのパスではなく、少しでも良いパスを出したい。

では良いパスとはどういうものかといえば、パスを受けた味方が、その時点で少しでもアドバンテージ(相手よりも良い状態)を持てるようなパス。パスをするのはその状態を創り出すため、といってもいいと思います。

なので、強すぎるパスは良くない。強すぎれば、少しでもコースがズレたら味方は対応できません。そして強いパスには、相手は最初から食いついてこない。「あんなの取れねぇ。待っとこ」って。

少しズレたとしても、味方が対応できるような緩いパスだからこそ、相手が食いつきます。「あ、奪えそうだな」って。

そうやって相手を誘い、動かし、食いつかせ、でも「すれすれで奪われない」絶妙なタイミングと緩さのパスを通せば、それは相手を「剥がした」ことになる。そのパスを受けた味方は、その時点でアドバンテージを持った状態になれます。

「パスは蹴るものじゃなく、渡すもの」

僕がいつも、口を酸っぱくして伝えていることです。

相手を剥がせるタイミングとほど良い強さのパス。蹴るというより「渡す」イメージ。こんなパスを「今、そこしかない瞬間」に通すことのできる技術と判断力を、標準装備させる必要があります。

そのためには、質の高いボールタッチやドリブルが絶対に必要になってきます。

「パスを出したいその瞬間に、相手より先にボールを触れる場所に自分の体を置く」ことが重要ですから。さらに「あ、やっぱ無理だ」と思った時に、そのパス出しをパッとやめられるように、相手よりも先に触れる場所にボールがなくちゃいけない。

味方を少しでも良い状態にさせてあげるようなパスを出すために、ボールタッチやドリブルの質を、相手からのプレッシャーがあるミニゲームの中で伝えていく。

足のどこで触るか、体はどう動かすか、ボールとの一体感、目はどこを向き、何が観えていればいいのか… うちがボールタッチやドリブル、そしてミニゲームを重要視するのは、そのためです。

また、味方を少しでも良い状態にさせたいのならば、そこに出す、あいつに出す、ということを相手にバラしちゃいけない。だからパスを渡したい方向や、渡したい味方を見ないで出したい。見てないようで、観ておく。この駆け引きも必要になってきます。

え、いつ見てたの?って相手を驚かせ、その分だけ相手を遅らせることができれば、味方がアドバンテージを持てることになります。全ては次にパスを受ける味方のため。

サッカーは味方の中でやるもの。スキル面では、そういうことに繋がります。

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【自分で気づき、見つけることの重要性】

「ドリブルを練習するのは、良いパスを出すためだよ」とは低学年の子達には言いませんが、高学年になれば、その意味は言わなくても自ずと感じるようになるものです。

「パスかドリブルか」を自分で選べるようになると、さらにドリブルの威力も増してきます。パスの重要性と有効性を知っているからこそ、それを相手に匂わせて「いつでもパス出しちゃうからね」という駆け引きのある持ち方をすることで、相手は自分に寄せることができなくなってくる。だから尚更ドリブルが活きる。メッシやネイマールは、その典型です。

僕は練習中、メッシとネイマールの例をよく出すのですが、この2人は、世界の中で断トツに「サッカーは味方の中でやるもの」ということを理解し、表現している選手ではないでしょうか。

「ボールを持ちすぎると危ないから、早くパス出せ!」「そこは持つところじゃないだろ!」と大人がミスリードし、低学年からいろいろ強制しているチームを見かけますが、そこは強制ではなく、子ども自身が気づき、見つけるというプロセスでなければいけない。

ボールを相手に奪われることで学び、次は奪われないようにと練習をする。自分の力で気づき、身につけたものは、一生忘れない。そこは絶対に大事にしなければいけない肝だと思っています。

メッシとネイマールが、子どもの頃に「ドリブルするな!」って指導を受けていたか。絶対に受けていないでしょう。でも彼らは今、世界最高のドリブラーであると同時に、世界最高のパサーでもあるのです。ここに、一つの答えが隠されているのではないでしょうか。

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【サッカーは味方の中でやるもの〜心編】

繋がり、連帯、友情、勇気…といった「心」の面。これはもう、言うまでもないでしょう。

サッカーが持つ「自由さ」の中で、味方の良さを活かし、味方の苦境を救い、味方のミスをカバーする。それはサッカーに限らず、生き方そのもの。味方の存在を意識し、尊重しながらプレーすることで、人生を学べる。

味方のことを考えられない、自分さえ良ければいい、弱い立場の子を強い口調で責める。

例え技術が上手くても、そんなやつはフットボーラーとしては認められません。仲間じゃない。自分より弱い立場に寄り添える優しさを持つこと。味方(仲間)の存在こそが自分の存在意義なのだと、頭では理解できなくても、言葉では説明できなくても、心で感じられること。いざとなったら、味方(仲間)を守らなくちゃいけない。その勇気が持てるかどうか。

サッカーは味方の中でやるもの。心の面は、そういうことですね。

しかしここでわれわれ指導者が気をつけなければいけないのが、味方同士、仲間同士を強調することで「群れる、同調する、空気を読む」ことになってはいけないということ。

味方の中でやるものだからこそ、そしていざという時は仲間のために動かなければいけないからこそ、自分だけの価値観や意見を持つ、突き抜けるような自主性と主体性がなければいけない。そうでないと、ただの同調人間になってしまいます。

味方を助ける勇気と、自分だけの意見を持ち、表現できる勇気。両方必要です。

勇気を持つには武器がいる。だからこそやはり、技術を徹底的に練習しなければいけない。心とスキルが、ここで繋がってきます。

偉そうに長々と「サッカーの本質」について書きましたが、いずれは選手自身が、自分なりの「サッカーの本質」を見つけ、信じて持てるようになっていければいいと思ってます。指導者を超えていくことが、本当の卒業です。

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【最後に】

「スエルテってどういうクラブですか」「普段どんな練習をしてるんですか」と質問されたとしたら、僕は「言葉で説明するより、選手達が出すパスを見て想像して下さい」って答えたい。

一本のパスに込められるもの。
一本のパスから、味方同士の心の繋がりが伝わってくる。
一本のパスから、その選手のパーソナリティーが想像できる。

そんな味わい深いパスを出せるような選手がたくさんいる、そんなクラブにしていきたいと思っています。ドリブル軍団を装った、魅力的なパスを追求するクラブ。

彼らを、魅力的な大人にしていくための「パス」

文責 / 久保田大介

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W杯最終予選はあと9試合もあるし、日本代表は日本でサッカーをする人達の中で、とんでもなくスゲぇ選手達が集まった最強集団ですよ。必ず、お互いの特徴を、高いレベルで攻守ともに融合させてくれると信じています。僕は意外と楽観しています。

でも、もしかしたら失敗するかもしれない。W杯の出場を逃すこともあるかもしれない。そうなっても別に日本のサッカーが終わるわけでもないし、これからもずっと続いていくわけです。そうなった時、僕ら指導者はもちろん、日本でサッカーに携わる人達全てが、もう一度、これまでを考え直すきっかけになればいいんだと思います。

【プロフィール】

久保田大介。ジュニア年代からジュニアユース、高校の女子サッカー部を指導するプロコーチ。指導者の学びの場”Borderless” football community主宰。

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