2016.06.10 Fri

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第1回・亘崇詞(広東女子足球隊監督)インタビュー後編

亘の説明によると、チームにおける亘体制に与えられた期間は、2017年のリーグ終了までで、同年の夏に開催される全国運動会(4年に一度開催される中国版の国体。中国のオリンピックと呼ばれている。)が、最大の目標となっている。

当然の事ながら、毎年リーグ戦が組まれているのだが、どうやら広東省サッカー協会は、リーグ制覇と1部昇格を亘体制に厳命しつつも、あくまでもチームの照準は全国運動会に合わせているように感じる。このあたりを亘に質問した。

「他の省のチームなどは、急速にクラブ組織化を図ったようで、潤沢な資金が流入するようになり、実質プロ化しています。その分、指導者や選手たちの報酬も良くなりましたが、同時に勝敗の責任もしっかり負う事になっているようです。どうやら広東チームは、他の省のチームと比べると、クラブ組織化というよりは、まだ地域のトレセンチームといった感じですね。昔ながらのやり方で、広東省の資金だけで運営していて、外部からスポンサーを集める訳でもなく、ファンサービスなどもまったくやりません。中国のサッカー界が変わろうとする中、少し変わったチームなんです。まあ、こんな中でやっていくのも日本から来た私らには勉強なのかなと、今は思えるようになりましたが。はじめはやっぱり他のチームはこんな風にやっているのにって、管理層と喧嘩ばっかりでしたよ。3名の代表選手も平気で放出してしまいましたから。何というか、組織が旧態然としてるのは明らかです。でも、そんな中でもチームを勝たせるのが私らの仕事ですから」

やはりチームの管理層としては、目の前のリーグ戦よりも、来年の全国運動会に照準を合わせているのだろうか。

「全国運動会は、リーグを戦っているチームが、そのまま参加できる訳ではありません。日本でいう国体みたいなものですから、外国人選手は出場できませんし、例えば広東省の戸籍を持つ選手は、広東チームでしか出場できないんです。ですから、リーグでは他のチームでプレーしている広東省戸籍の選手たちが、全国運動会の時には皆戻ってくるので、チームの管理層はそこに期待してるみたいですけどね。チームづくりなどはあんまり考えない。まあ、上手いヤツらが帰ってくれば、強くなるだろうと思っているようです」

 

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亘への取材を、そろそろ終えようかとしていた時、亘はおもむろに携帯電話で話を始めた。誰かを呼び寄せているようだが。程なくして合流してきたのは、亘の奥さんとふたりの息子たちだった。

広州の街を散策して、ホテルのカフェで、少しだけ亘個人のお話も伺う事ができた。亘はやんちゃ盛りのふたりの息子たちと格闘しながらも、指導者としての未来像を語り始めた。

「世間からは、私はテレビにも出てるし、まあ、他の指導者さんよりは、お金に困っていないように思われているようですけど、実際そんな事はないんです。家族を養っていく為に、必死で指導者をやってます。私は以前から、海外でも家族を喰わせていけるような人間になりたい、という理想がありました。さらにそれが好きなサッカーでできるなら、それ以上に幸せな事はありません」

 

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亘の抱く理想である、海外でもサッカーで家族を養えるようになる、という事については、厳しい環境に身を置きその眼で実際に確かめてきた、アルゼンチン時代の自らの見聞が色濃く影響しているようだ。亘は続ける。

「例えば、アルゼンチンの指導者や選手たちは、国内の3部リーグあたりだと、月給が5万円前後のチームもあります。それでもサッカーで喰える、サッカーで生活する事ができるなら、いつかヨーロッパなどの海外に行けるかも、という未来の可能性を信じてそれに賭けます。家族はその判断を尊重するんです。当時の私にはそんな家族の絆がカッコよく映ってましてね。彼らは月給20万円ほどのお話があったら、海外のどこへでも家族を連れて行きます。サッカーで海外に出て行くのは、外国に滞在できる手っ取り早い方法で、その従兄弟たちにも滞在のチャンスがあるかも!という恩恵が期待できます。大袈裟ですが、一族の運命が変わるビッグチャンス!という事で、家族も納得してついて行くんです」

アルゼンチンから日本に戻り、選手として指導者としてキャリアを積んだ亘は、日本の指導者たちも海外に視野を広げて、チャンスがあれば積極的に挑戦するべきだと考えているようだ。

「日本の指導者たちが、家族同伴で海外のチームで指導している前例は、まだあんまり多くは聞いた事がないです。だから、これからは覚悟を持って、海外でサッカーを仕事にできる指導者や選手たちがもっともっと増えていかないと、日本のレベルはもうワンランク上には行けないと思ってます。私にもできるんですから、他の指導者の方々、私よりもずっと優秀な方も日本には多いですし、きっとできると思っている訳です。これから一緒にサッカーを仕事だと思える国にしていきましょうよと。偉そうにも思っている訳ですわ」

家族と合流してからの亘は、先ほどまでのチームの指揮官としての顔ではなく、サッカーを仕事にしている個人的な思いを語り続けている。

「たまたま中国からお話を頂いたから、今こうして広州にいますけど、もし他の国の知らない場所からお話を頂いたとしても、家族を連れて行ける場所かどうかをよく調べてみて、大丈夫だと思えたら、どこにでも行こうと思ってます。幸いにもウチの奥さんは、幼少の頃からいろんな国で生活してきた人なので、ちょっとやそっとの事では動じません。むしろ、今こちらで起こっている諸々の問題なんて “そんなの全然平気よ” って、時々励まされてますよ。今描いている夢は、名監督になりたいなんて事は思わないですけど、やっぱり世界中のどこへでも行って、サッカーで家族を養えるお父さんになりたいですね。世界を知るウチの奥さんにも絶対負けられないですし。ある意味ライバルですね(笑)」

 

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ホテルのカフェを出て、ここで失礼しようと握手を求めたところで、立ち止まった亘は最後にこう付け加えた。

「人身御供(ひとみごくう)じゃないですけど、これから自分の成功や失敗を、たくさんお見せしていきますから。これから海外に向かう人たちにはぜひ参考にしてもらいたいですね。せっかく親からもらった命なんですから、全部使い切らないと。田舎で生まれ育った私のわがままを許してくれた両親の為にも、続けさせてもらった大好きなサッカーで喰って行けるんですから。これからも魂をどんどん燃やして行きますよ」

(了)

【プロフィール】
亘崇詞(わたり・たかし)。指導者・解説者。1972年生まれ。岡山県出身。津山工業高校在学中にアルゼンチンの名門ボカ・ジュニオルスに留学。卒業後に三菱石油水島入社、国体岡山県代表。1992年にボカ・ジュニオルスとプロ契約。その後はスタッフとしてボカの活動に参加。選手として2003年から栃木SC、2007年にスポルティング・クリスタル(ペルー)、2008年からアルテ高崎、2009年に現役引退。2010年から東京ヴェルディ・ジュニアで指導者の道へ。同ジュニアユース監督を経て、2012年に日テレ・ベレーザ、2013年からASエルフェン埼玉。2015年から中国に渡り広東女子足球隊監督。JFA公認A級指導者。既婚。2児の父。広東省広州市在住。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。小学3年生から高校卒業まで地元茅ヶ崎でサッカー少年。桜美林大学で中国語を学び、大手物流会社で上海勤務。2002年に香港にてビジネスコンサルタントとして独立。2012年からフットボールコーディネーターとして、指導者や選手たちの海外移籍仲介や、日系情報誌などでの執筆活動を開始。AFCB香港紫荊會(www.afcb.biz)代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

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