2016.06.10 Fri

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第1回・亘崇詞(広東女子足球隊監督)インタビュー後編

日本人選手の海外移籍から遅れること十数年、アジアを中心に指導者の海外移籍が始まりました。いまはまだ一部の指導者だけですが、「日本人指導者」のニーズはアジアを中心に拡大しており、今後、多くの人が海を渡ることが予想されます。それに先立ち、フットボールエッジでは海外でプロコーチをする人にスポットを当て、異国でサッカーコーチをすること、生活することについて、掘り下げることにしました。今回は中国女子リーグ・広東女子足球隊で監督を務める亘崇詞さんのインタビュー後編をお届けします。(文・写真 池田宣雄)

【インタビュー前編はこちら】

中国女子2部リーグを戦う、広東女子足球隊を率いる亘崇詞(以下、亘)は、2年目のリーグ開幕直前に、主力3選手が流出するという緊急事態を迎えていた。

戦力補強の資金が、他のチームほど潤沢にある訳ではない事情から、まずは元代表など経験豊富な中国人選手の緊急補強に目処が立ったところで、亘はひとりの日本人選手にも白羽の矢を立てていた。

亘が選び出した選手は、元なでしこジャパン(元女子日本代表)の木龍七瀬だった。亘はこう説明する。

「木龍とは、日テレ・ベレーザで指導する前の、東京ヴェルディ・ジュニアユース時代に知り合いました。去年の年末に、広東チームを日本遠征に引き連れて行きましてね。澤穂希さんの引退試合を選手たちと観に行ったのですが、そこで代理人の方と一緒にいた彼女に偶然ばったり遭遇したんです。日テレ・ベレーザを退団して、海外で生活したいと考えていると聞いたんです。代理人さんも、海外のチームを捜しているけどまだ見つかっていないと。このままだとサッカー抜きで、普通に海外での生活を考えないといけないと言われました。その事を思い出して代理人さんを通して連絡を取ってみました。木龍をよく知る人には分かると思うけど、彼女はこの広州チームの練習環境とか中国の特殊な状況には、たぶん日本人選手の中でも一番向いてないタイプの人間だとは思ってましたけどね」

木龍七瀬は、日テレ・ベレーザやアメリカのスカイブルーFCでプレーし、なでしこジャパンにも選出されていた選手だ。

一方で、現役を退いて一般の仕事を始めていた事で、既に2ヶ月以上まったく練習していない状態での復帰要請となったが、亘には不安はなかったのだろうか。

「引退前の木龍の状況は把握していました。アメリカでサッカーの違いに戸惑って調子を落としてから、復帰した日テレ・ベレーザでもそれを引きずったままプレーしていました。26歳での引退はまだ早過ぎるし、新しい環境に身を置いて、新しい自分を発見してくれれば、やり方次第では素晴らしいサッカー人生がまだあると思ったし、今やめるにはもったいないと思いました。中国での生活にさえ耐えられれば、戦力になると確信していましたよ」

亘からの要請を代理人と共に検討した木龍七瀬は、程なくして中国行きを決意。滞在査証の取得にやや時間を要したが、リーグ開幕2週間前の3月半ばに広州入りを果たした。

 

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広州市の郊外にあるチームの本拠地 “広東省足球訓練基地” の選手寮で、今までとはまったく違う環境に身を投じた木龍七瀬。彼女は中国での新生活に、すぐに馴染む事ができたのだろうか。

「元なでしこジャパンという事で、チームには最大限の配慮を求めましたが、施設の不具合などもあって、他の中国人選手たちと同じ部屋に入る事になりました。ちょっと木龍には申し訳ないなとは思いましたけど。でも、木龍はひと言も、不平や不満を口にする事はなかったです。部屋についても食事や衛生面の問題についても “ヤバいよね〜(笑)” とかいいながら、全部受け入れてくれたのは本当に助かりましたよ」

木龍七瀬は、チームメイトとの交流に積極的だという。亘は笑う。

「常にチームメイトと一緒に行動して、私らが近づかないような屋台とか市場に繰り出して、広州での生活をエンジョイしてますよ。日本語なのか、中国語なのか、英語なのかよく分かりませんけど、とにかく会話は成立してるみたいです(笑)」

そして、亘は核心の部分を語り始めた。リーグの第8節を終えた時点で、チームは2勝6敗と黒星が先行している状況だが。

「チームに得点が不足している現実に、木龍は誰よりも責任を感じていると思います。自陣深くまで戻って守備に奮闘したかと思えば、奪い返したボールをトップの選手に一旦預けて攻め上がり、積極的にゴールを狙います。試合では相当バーに嫌われてますけど、誰よりも勝利への願望を体現してくれているんです。こちらでの木龍のプレーは、日本では絶対に見せてこなかった内容です。誰よりも泥まみれになって、必死に相手を追い回してますよ。環境が変わり立場も変わり、あのスカしてた木龍が見事に良い方向に覚醒してくれたんです」

自ら中国に呼び寄せた木龍七瀬が、想定以上の勇姿を披露した事に、亘はいたずらな表情でこう言い放った。

「もしかしたら、木龍を中国に出会わせたのは、私の指導者人生で最高のゴラッソかもしれないですね(笑)」

木龍七瀬を含めた選手たちが如何に覚醒したとしても、勝負の世界では勝つ事、勝ち続ける事こそが評価の基準となる。亘は自身のおかれている状況について、丁寧な口調で語り始めた。

「リーグ開幕の2週間前に、既に一緒に練習して準備を重ねていた3名の選手が北京チームに、元々いた中心選手の1名が長春チームへと、すべて1部のチームに移籍して行きました。そんな中でもやっぱり黒星が先行すれば、私の長く生活していたアルゼンチンだったら、監督はすぐにクビになります。どんなに斬新な戦術を披露しても、勝てなければ評価されません。やっぱり中国では、普通に遠征するだけでも大きなお金が動いています。実際に負けが込んでいる状況では、チームのすべての人たちに不満や不安を与えてしまっています。一緒に戦ってくれている選手とコーチたちにも、これだけやってもらっているのに悪いなあと思ってますし、今回は私自身も日本から家族を呼び寄せていますから、広州での生活や子供の学校の事も念頭に置かなければなりません」

亘は、今回の広東女子足球隊での仕事から家族を帯同している。アルゼンチンやペルーなどでプレーしていた頃はまだ独り身で、何か突発的な問題に直面したとしても自分で判断して行動してきたが、今回は違うという。

「家族を連れてくる事で家賃もかかりますし、息子の学校の事も、私がクビになったらすべてを途中解約にするしかありません。家族も覚悟を持ってやってきてくれています。本来なら用意してもらえるはずの家族の滞在査証も、自分で手続きするしかなかった。海外でサッカーを指導するプレーするという事は、実際こういう事です。息子たちが産まれた事で強い責任感が湧いてきました。今回のお話を頂いてから、広州という街で家族との生活が営めるかどうかも真剣に調べました。この街なら大丈夫だと自分で決めて、最終的にお話を受けました」

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人身御供になるつもりで、成功や失敗をたくさんお見せしたい

 

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