2016.06.02 Thu

Written by EDGE編集部

アジア

海を渡った指導者たち〜第1回・亘崇詞(広東女子足球隊監督)インタビュー前編

日本人選手の海外移籍から遅れること十数年、アジアを中心に指導者の海外移籍が始まりました。いまはまだ一部の指導者だけですが、「日本人指導者」のニーズはアジアを中心に拡大しており、今後、多くの人が海を渡ることが予想されます。それに先立ち、フットボールエッジでは海外でプロコーチをする人にスポットを当て、異国でサッカーコーチをすること、生活することについて、掘り下げることにしました。連載のタイトルは「海を渡った指導者たち」。第1回目に取り上げるのは、中国女子リーグ・広東女子足球隊で監督を務める亘崇詞さんです。(文・写真 池田宣雄)

なでしこジャパン(女子日本代表)が、女子サッカー界で台頭し始めた2010年代に入り、かつてアジアの盟主であった女子中国代表チームは、相対的な地位の低下を招いていた。

広大な中国の各省単位で選抜された、身体能力の高い女子選手たちを中央に集め、男子顔負けのパワーサッカーを武器に、世界で戦えたのも今は昔。かつての格下なでしこジャパンが織りなす、組織的かつ華麗なるパスサッカーに後塵を拝するとなると、強化の方針を改める以外に選択の余地はなくなった。

中国サッカー協会は、女子中国代表チームに外国人指導者を招聘し、各省などが保有する旧態チームにも、近代的なクラブ組織化を図らせたのだ。

2015年の初春、亘崇詞(以下、亘)は広東省サッカー協会からの招きで、広州市郊外の体育施設を見学していた。

サッカーのピッチでは、広東省内から選抜された20歳前後の女子選手たちが、ただひたすらにボールを蹴飛ばし、何の意図もなく走っていたという。

亘は当時の状況から語り始めた。

「中国の女子チームが指導者を探していると聞いて、すぐに広州に向かいました。この広東省チームは中国女子2部リーグを戦うと説明を受けましたが、想像していたよりも、選手たちは皆若くて、華奢な身体つきをしているなと感じました。紅白戦を観たのですが、4-4-2の真横並びの陣形でロングボールを蹴っていました。ボールに関わっている選手以外は立ち止まり、これでは速くて大きい選手のいるチームには一生勝てないなと思いました」

広東省は男子・女子を問わず、中国国内では歴史のある場所で、これまでに多くの中国代表選手を供出してきた場所だったのだが。亘は続ける。

「このチームは広東省内から集められた選抜チームで、選手は省内の人間だけで構成されています。管理者も指導者も持ちまわり制で競争がなく、日本的にいうと地方公務員のような立場なんですね。ですから、特に管理層の人たちはサッカーだけに関わってきた訳でもなく、歴代の指導者たちも、外部からの刺激を受ける事もなかったようで、まあ、勝っても負けても替えられる事がない。広州恒大などのクラブチームができた中、外の世界をほとんど知らない閉ざされた場所、つまり時の止まった場所だと感じた訳です」

その後、亘とチーム管理層による協議が重ねられ、ユースチームの方にはドイツ人指導者を招集。そして亘は正式に広東女子足球隊トップチームの監督として招聘されたのだ。

 

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自身初めての海外チームでの指導、それも勝手の分からない中国での活動という事で、不安や懸念を抱いたりはしなかったのだろうか。

「まずは私ひとりが監督として乗り込んで、今までのコーチ陣と裏方さんとそのまま仕事を始めました。チームは過去に外国人指導者を招いた経験がまったくなかったので、チームが外部から日本語の通訳を用意してくれました」

こうして亘を監督として迎えた広東女子足球隊は、2015年の中国女子2部リーグを戦う事となった。はたして、チームは順調なスタートを切ることができたのだろうか。

「とにかく指導は始まったのですが、当初は指導内容がコーチ陣にも選手たちにもほとんど伝わらなかったです。チームが用意してくれた通訳は、日系工場などでの経験しかなかったので、日本の指導者が使うサッカー用語がまるで分からない。コーチ陣も事細かい技術指導というか、先を考えた育成という文化はなく、とにかく前へ前へ進め!でした。これじゃダメだと思ったので、すぐに指導体制を整える為の交渉をチームの管理層と始めました」

そして亘は東京に飛んで帰り、GKコーチとして斎藤隆士を、トレーナーの役割も果たすコーチとして服部恭平を説得。このふたりをコーチ陣に加えて、中国人コーチを外す事にした。

「斎藤GKコーチも新婚でしたし、服部コーチにもほとんど説明する時間もなく、ふたりとも現地の写真で簡単な説明をしただけで、一度も現地を確認しないまま呼び寄せた形で申し訳なかったです。ふたりも初めての海外指導で、言葉もまったく分からない状況でしたが、本当に助かりました。私の指導内容を理解し行動してくれるので、身振り手振りと情熱を持って、一緒になって指導してくれました」

そして、よりサッカーに精通する通訳への交替も、管理層に繰り返し要求した。亘は続ける。

「肝心の通訳の方は、何度も交替させました。通訳はチームと提携する人材派遣会社の方々だったので、慣れてきては元の職場に戻って行きました。サッカーの日本語通訳ができる人材は、世界でもそんなにいないのでしょう。私も通訳経験があったので、なかなかこの人だと思う人に巡り合うのは大変ですよね。でも、最近になってやっと、サッカー経験があって、休んだり急に辞めたりしない方に巡り合うことができました」

 

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そして2015年の中国女子2部リーグを戦った広東女子足球隊は、結果3位でリーグ戦を終えた。亘に1年目を振り返ってもらった。

「中国では、なでしこジャパンがショートパスを主体に、全員が動く戦術で世界を制したイメージが強いので、私のサッカーもそれを目指しているように思われていますが、そうではないんです。中国南部特有の小柄で華奢な選手たちを観察していて、ロングボールを蹴り合うだけでは、速い選手や大きい選手を集めたチームには勝ち目がないという判断で、パスを正確につなぐ戦術でリーグ戦に挑みました」

中国での指導を始めたばかりの亘には、早くも驚くべき発見と確かな手応えがあったという。

「優勝はできませんでしたが、特に戦力補強もしなかった現有戦力の中で、ただ小柄だという理由だけで、今まで試合に出られなかった選手たちが覚醒しましたし、女子中国代表にも新たに2名が選出されました。選手たちは中国では経験した事のない指導を受け、1年目は楽しんでくれたと思います」

そして亘体制2年目を迎えた広東女子足球隊は、プレシーズンに香港での招待大会に参加。そして日本遠征では、なでしこリーグのチームとのトレーニングマッチを行なうなど強化を図り、2年目のシーズンに臨む予定だった。

しかし、ここで想定外の事態に遭遇したのだ。

「皆さんもご存知のとおり、リオデジャネイロ・オリンピックのアジア予選で、女子中国代表が出場権を獲得しました。実はウチのチームから 譚茄殷、古雅沙、張越の3名が代表に招集されていたのですが、中国サッカー協会の意向で、3名とも1部リーグの強豪チームにレンタル移籍させられてしまったんです。リーグ開幕直前の3月に、主力が3名も抜かれてしまって、構想が崩れてしまいました。もう本当に“オリンピック貧乏”になってしまいましたよ(笑)。チームの管理層は以前から、外国人選手の補強を促していましたが、私自身は現有戦力のレベルアップで勝負したかったので、何も具体的には準備していませんでした」

そしてリーグ開幕を目前に控えた亘は、戦力補強の承認を管理層から取りつけ、日本人選手の携帯番号に連絡を試みたのであった。(つづく)

→海を渡った指導者たち〜亘崇詞(広東女子足球隊監督)インタビュー後編

【プロフィール】
亘崇詞(わたり・たかし)。指導者・解説者。1972年生まれ。岡山県出身。津山工業高校在学中にアルゼンチンの名門ボカ・ジュニオルスに留学。卒業後に三菱石油水島入社、国体岡山県代表。1992年にボカ・ジュニオルスとプロ契約。その後はスタッフとしてボカの活動に参加。選手として2003年から栃木SC、2007年にスポルティング・クリスタル(ペルー)、2008年からアルテ高崎、2009年に現役引退。2010年から東京ヴェルディ・ジュニアで指導者の道へ。同ジュニアユース監督を経て、2012年に日テレ・ベレーザ、2013年からASエルフェン埼玉。2015年から中国に渡り広東女子足球隊監督。JFA公認A級指導者。既婚。2児の父。広東省広州市在住。

【執筆者プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)。1970年生まれ。神奈川県出身。小学3年生から高校卒業まで地元茅ヶ崎でサッカー少年。桜美林大学で中国語を学び、大手物流会社で上海勤務。2002年に香港にてビジネスコンサルタントとして独立。2012年からフットボールコーディネーターとして、指導者や選手たちの海外移籍仲介や、日系情報誌などでの執筆活動を開始。AFCB香港紫荊會(www.afcb.biz)代表。香港サッカー協会アソシエイトメンバー。香港在住。

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