2016.05.09 Mon

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

教員から受けたありえない仕打ち。部活動を支える“外部コーチ”の、知られざる現場のリアルとは? 【久保田コラム】

まずは、今年の3月でコーチを辞めさせられた都立高校での話。辞めてくれという通達を受けたのは、新年度が始まるわずか一週間前。しかも顧問の先生に会って言われたわけではなく、突然来たメールのPDF添付一枚、それのみでした。

この女子サッカー部には、顧問の先生が5人います。メールが来た日の前後も、練習や試合で僕に会い、直接話す機会はたくさんあったと思うのですが、先生達からは何もなかった。そして面と向かって話をすることもないまま、教員とコーチという関係以前に、あるべき人同士のコミュニケーションも一切ないまま、メールに添付された紙切れ一枚の通達だけで、11年間の指導があっさりと終わりました。差出人名は「顧問一同」でした。

ただ、5人の先生の中で1人、ある先生が、最後の活動日が終わった後に「今回の件は申し訳ありませんでした。私が無力で…」と泣きながら言ってくれたことが、唯一の救いでした。彼女を板ばさみにしてしまったことは、申し訳なく思っています。

この都立高校では、前年までいてくれたメインの先生が抜けてから、色々なことがありました。

例えば、2年生の時に、受験や諸事情でサッカー部を辞めた子がいました。しかし3年生になって「みんなと一緒に引退したい」と復帰してきてくれました。一度は辞めた引け目もあるし、本人はとても悩んだことでしょう。僕のところに、長文の相談メールが送られてきたこともありました。もちろん、僕も他の選手達も快く受け入れ、めでたく復帰。

しかし、彼女の復帰戦となるリーグ初戦の前日。彼女と、そして新1年生達の選手登録がされていないことが発覚しました。顧問の先生が手続きをしておらず、忘れていたのです。ちなみに、新年度が始まってしばらく経った6月の話です。選手登録がないため彼女は試合に出られず、スタメンで起用しようと思っていた即戦力の1年生も、当然出られませんでした。

試合後、顧問の先生からその件について皆に説明があると思ったら、笑いながら全く関係ない話を始めて、皆がブチ切れたというオチ。どんな思いで彼女が復帰してきたのか。あの先生は想像もしていなかったんでしょうか。

その都立高校には、顧問の先生が5人います。学校の外に試合に行く場合、学校法により、顧問の先生(教員)の引率が必要です。そのため、5人の先生に引率可能なスケジュールを出してもらうことになったのですが、予定表がすんなり出てきたのは直後の一回だけ。その後も催促をしないと出てこず、出てきたとしてもバツ印ばかり。結局、ほとんど練習試合が組めませんでした。

9月下旬、高体連の役員の先生から「新人戦の申込み手続きがまだなんだけど、どうなっていますか?」と僕に連絡がありました。その後、ある顧問の先生から電話があり「新人戦の日程を送るから、審判を担当できる日があったら教えてください」と言われました。その時点では、締め切りを過ぎていたことを知らなかったので「後で確認します」と呑気に答えたのですが、すぐに「見てもらえましたか?」とまた電話がかかってきました。

そこで僕はこう言いました。

「突然、予定を調整してくれ、この日に審判をやってくれと言われても、僕にも仕事があるので無理です。いや、頑張って調整すれば出来るかもしれませんが、締め切りを過ぎてから連絡してきて、この日に審判やってくれだの、すぐに返事くれというのはおかしいでしょう。今までも、どうせ最後は久保田がやるだろう、という考えでいましたよね。いい加減、そういうのやめてもらえませんか。顧問なら、まずは自分達でやって下さい。それが無理なら、本気で審判ができる人を探して下さい。まずそれをやるのが当たり前。それでもいなかったら、僕がやりますから」と、溜まった思いを話して電話を切りました。

その後、顧問の先生達からは何も連絡がなく、人づてに「新人戦は出場しない」ということを聞きました…。そしてある日の練習後、審判の件で電話で話した先生と話をしました。廊下で偶然すれ違って、そのままスルーされたので、僕が呼び止めたんですけど。

そこで言われた衝撃の言葉。

「部活は教育の一環でやるものだから、試合なんて無理にやらなくていいんですよ」

開いた口がふさがらないという経験を、人生で初めてリアルに体感した瞬間でした。

「もう自分が審判やるから、すぐにでも連盟に参加の返事をしてください」

「迷惑をかけた高体連の先生にも、すぐに連絡をして謝ってください」とお願いし、その先生も「久保田さんが審判をやってくれるなら、わかりました」とあっさり約束してくれました。あっけないほどに、あっさりと。当然、僕もすぐに仕事の予定を調整し、なんとか審判ができるように調整をしました。

しかし、です。その後、新人戦の申込みも謝罪の連絡も全くしていなかったのです。それどころか「やはり新人戦には出ない」と勝手に決めて、連盟に連絡していたのです。

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選手証を忘れ、反故にされた約束。信頼関係が1ミリもなくなった瞬間

 

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