2016.03.28 Mon

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

「石川県から、新たなサッカービジネスの仕組みを作りたい」元ツエーゲン金沢 金田隼輔

好評連載「アマチュアフットボーラーたちの挑戦」。6回目のゲストは元・ツエーゲン金沢の選手で、現在はホクモウスポーツガーデンに勤務する金田隼輔さんです。金田さんは石川県の星稜高校出身で、本田圭佑選手が1年生時のキャプテンとして全国大会で活躍。早稲田大学時代はインカレ、総理大臣杯で準優勝に輝きました。ツエーゲン金沢で1年間のプレーを経て、大学卒業後に東京海上日動火災保険に入社。6年半の勤務を経て、地元金沢でサッカービジネスを展開しています。対談のホストを務める中村篤次郎さんは、かつてツエーゲン金沢のゼネラルマネジャーを務め、金田さんを大学時代から良く知る仲でもあります。FC東京の営業部を経て、現在は保険会社で働く中村さんの進行のもと、サッカーとビジネス、そして地方でのサッカービジネスをテーマに、話は進んでいきます。(構成・鈴木智之/フットボールエッジ編集長)

中村:金田君は星稜高校から早稲田大学に進み、4年生のときにツエーゲン金沢で1年間、一緒でしたね。

金田:そうですね。中村さんがゼネラルマネージャーで、僕が選手という関係でした。あの頃は、本当にお世話になりました。

中村:改めて金田君のキャリアを振り返ると、すごい経歴ですよね。星稜高校時代は、タイトルを獲ったりしたんですか?

金田:全国優勝はなかったんです。決勝戦まで行ったのは、高円宮杯全日本ユースで、決勝で国見に2-4で負けました。そのときの国見は柴崎晃誠、兵藤慎剛、松橋優など、後にプロに行くことになるタレント軍団でした。選手権は1年生のときはベスト16、2年生のときは、結果的に優勝することになる国見に負けて、3年生のときは初戦で高知高校に負けてしまいました。

 

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金田隼輔(かねだしゅんすけ)。石川県出身。菊川少年団-へミニス金沢-星稜高校-早稲田大学-ツエーゲン金沢。現役引退後、東京海上日動火災保険で6年半の勤務を経て、石川県でサッカービジネスに携わる。星稜時代、本田圭佑選手が高校1年時にキャプテンを務めた。

 

中村:その後、早稲田大学に進みます。何学部に進んだのですか?

金田:スポーツ科学部の1期生でした。同期には国見の松橋優、帝京の山口貴弘、大津の時久省吾がいました。僕は1年生のときからメンバー入りさせてもらって、試合には出たり、出なかったりという時期でした。先輩に徳永悠平さんがいて、五輪代表と行ったり、来たりしていましたね。僕が1、2年生のときは東京都1部リーグで、3年で関東2部、4年で関東1部とステップアップすることができて、インカレでは決勝まで行くことができたんです。

中村:当時の早稲田はタレント軍団でしたよね。

金田:そうですね。1学年下に兵藤慎剛、鈴木修人、山本脩斗、横山知伸がいて、1つ上には矢島卓郎さんがいました。僕が3年のときが一番強かったんです。Jのセカンドチームに勝つこともありましたし、総理大臣杯の決勝まで行きました。

中村:タレント軍団のキャプテンをしていたので、プロからも声がかかったでしょう?

金田:湘南ベルマーレの練習に何度か行かせてもらったのですが、最終的にはプロになれませんでした。4年生のときはインカレの決勝まで行きましたけど、僕はベンチで試合に出られなかったんですね。当時はキャプテンだったので「なんで試合に出られないんだ」と葛藤もありましたが、いま振り返ってみると、実力が足りなかったんだなと。

中村:それで、我々が初めてちゃんと話をしたのが…。

金田:大学4年の関東リーグの閉会式です。それはすごく覚えています。中村さんから「ツエーゲン金沢に来てくれる選手を探している」と声をかけられて、その場で行こうと決めました。

中村:なぜ、その場ですぐに行こうと思ったのですか? 地元の石川県に帰りたかったから?

金田:大学4年の夏に、地元に帰ってツエーゲン金沢の試合を見たんですね。星稜高校時代の同級生が試合に出ていたのですが、おもしろくなさそうにプレーしていたんです。実際、友達にも「おもしろくなさそうだな」って言いました。中学、高校と一緒に楽しくプレーしていた仲間が、悶々とした気持ちを抱えてサッカーをしているのが、ずっと印象に残っていたんです。そんなときに中村さんに声をかけられたので、地元でサッカーをするのもいいな。母親に、サッカーをしている姿を見せたいと思ったので、ツエーゲン金沢にお世話になることにしました。

中村:ツエーゲンに入る時には、大学を休学扱いにしたんですよね。1年間やって、結果が出なかったら、サッカーで食べていくのは辞めようと。いま振り返ってみて、ツエーゲンでのシーズンはどうでした?

金田:一番の心残りは、ケガをしたことですね。1年目から試合に出ていたのに、肩を脱臼して、全治6ヶ月でした。

中村:半年休むのは、選手としてはかなり長いですよね。

金田:そうなんです。早く復帰したかったので、手術の翌日からバイクを漕いで、トレーナーと2時間歩くとか、やれることは何でもやろうと思って取り組んだ結果、4ヶ月で復帰することができました。サッカー選手として1年間プレーして、大きなケガから復帰して、良い監督やトレーナーにめぐりあえた。それはいまでも自分の財産だと思っています。大きなケガから短期間で復帰するという、不可能を可能にすることができたので、そのときにサッカーを辞めて、次のステップに進もうと気持ちが固まりました。

中村:そこで、どういう頭の切り替えがあったのですか? プロでサッカーを続けることは辞めて、一般の会社に就職をしようと?

金田:そうですね。というのも、大学時代に奨学金を借りていたので、その返済がありました。だからまずは、大手で給料をしっかりもらえる会社に入ろうと。それまでサッカーの世界で生きてきて、次に違う世界でキャリアを積み上げることができれば、人間としても成長できるのではないかと思いました。

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星稜高校の後輩・本田圭佑に言われた衝撃の一言

 

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