2016.01.18 Mon

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

幸野健一のエッジな人「日本人初、ドラフト1巡でMLSに指名された男」遠藤翼(トロントFC)

2016年1月15日、アメリカから嬉しいニュースが飛び込んできた。メリーランド大学の学生である遠藤翼が、メジャーリーグサッカー(以下、MLS)のトロントFCからドラフト1巡指名を受けたのだ。遠藤はJFAアカデミー福島の1期生として、ジュニアユース、ユース時代を同アカデミーで過ごし、18歳のときに渡米。無名の存在から背番号10を背負い、MLSのクラブからドラフト1巡で指名されるまでに成長した。この対談のホストを務める幸野氏と遠藤選手は、幸野氏の長男(幸野志有人/FC東京)がJFAアカデミー福島の同級生ということもあり、家族ぐるみで付き合う仲でもある。今回の対談は、MLSのドラフトを3週間後に控えた12月下旬、東京都内で行われた。日本人初の快挙を成し遂げた遠藤選手は、いかにしてアメリカでプロになる道を切り開いたのか?(構成・鈴木智之/フットボールエッジ編集長)

edge002


幸野:
翼のことは12歳の頃から知っているけど、改まって話すのは初めてかもしれないね。

遠藤:そうですね。よろしくお願いします。

幸野:こちらこそ。翼は志有人(編注:幸野志有人/FC東京)の同級生で、12歳で親元を離れて全寮制のJFAアカデミー福島に入ることを決めたわけだけど、どういう経緯で入ろうと思ったの?

遠藤:小学生の頃からプロになりたいと思っていたので、僕らの代にJFAアカデミーの1期生が出来ることを聞いて、これだと思って受験をしました。

幸野:JFAアカデミーのJrユースの頃は、右サイドバックなど慣れないポジションで苦労していたよね。

遠藤:いま思うと、サイドバックを経験してよかったと思います。いまのプレーに生きていますし、トップ下やボランチだけやっていても、いまの自分はないと思います。

幸野:当時はクロード・デュソーさんが指導していたけど、トレーニングで印象的だったことは?

tu2

遠藤翼。JFAアカデミー福島を経て、18歳で渡米。メリーランド大学で背番号10を背負い、中心選手として活躍した。


遠藤:
パス&コントロールの練習が多かったのですが、パスを味方に出すときに、右足と左足のどちらに狙って出すとか、パスのスピードとか、球質などをかなり細かく言われたのを覚えています。

幸野:グラウンダーのパスを、少しでも浮かしたりすると注意されていたよね。

遠藤:あと、ボールをコントロールするときに、足の裏を使うと注意されました。

幸野:足裏でコントロールすると、次のプレーに移るのが遅くなるからね。ヨーロッパの指導者は、嫌がる人が多い印象があるな。今日はJFAアカデミー1期生のみんなとサッカーをしたけど、動きながらボールを止める、蹴るという基礎技術は高いよね。

遠藤:JFAアカデミーで、かなりトレーニングしましたからね。

幸野:ただ、これは日本サッカー全体の課題だと思うんだけど、ハイプレッシャーがかかった中で、技術を正確に発揮できるかというと、世界トップレベルと比べて差はあると思う。日本はまだまだ、日々の練習の強度が低いから。

遠藤:プレーの激しさという面では、日本とアメリカでもかなりの違いを感じますね。日本人は、人間関係も考慮しながらプレーしているというか。アメリカの場合、ピッチ内ではチームメイトであってもライバルという感じで、練習のときからガンガン削り合います。自分の定位置を獲得するために、練習しているようなものですから。

幸野:そういうメンタリティだからね。だけどピッチから離れれば、なんのわだかまりもなく、普通に付き合える。

遠藤:そうなんです。その意識の切り替えに、最初は驚きましたね。ピッチの中と外の切り替えがはっきりしているんです。

幸野:オンとオフの文化だよね。日本はオンとオフがなかなか切り替わらない。他人をリスペクトすること自体は、非常に良い文化なんだけど、サッカーに関して言うと遠慮につながったり、それがマイナスに働くこともある。毎日の練習を100%でプレーしていないので、試合になって100%のパワーを出せないことも多い。年代別代表の試合を見に海外に行って、立ち上がりの強度不足で相手に押し込まれる場面を何度も見てきたからね。海外の選手は、日々、常にマックスの力で練習して、終わったら遊びに行くとか、切り替えがはっきりしているよね。一方、日本は常に70%、80%のパワーでやっている。それは学校でも仕事でも同じで、オンとオフがはっきりしておらず、長時間だらだらしてしまっている。

<次ページ>
アメリカでの学生生活は想像を越える大変さ

1 2 3

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事