2016.01.05 Tue

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

【久保田コラム】高校サッカー名勝負「聖和学園対野洲〜生き方は誰にも批判できない」のはなし

2016年、年が明けて1月2日、聖和の「続き」を観に行ってきた。青森山田対聖和学園の試合だ。

青森山田が「強か」なサッカーで覆いかぶさってくる前にトントーンと点を取ってしまい、試合を決定づけてほしい。そう思いながら観戦していました。

1回戦では野洲も地上戦を、しかも局地戦を真っ向から挑んできたから、聖和の「2人目」の距離感が尚更ハマり、そのドリブルがさらに生きていた。

でもそれ、青森山田は付き合わないだろうなぁと思っていたので、それをどう攻略するのかという興味がすごくあった。

僕は聖和にこのまま優勝してほしいと思っていたし、野洲に勝ったのならば、こんなところでは絶対に負けてほしくないと思っていた。

ただ単に巧さで圧倒すればいいのではなくて、あくまでもこのサッカーで勝つ、日本一を獲るという「結果」をも一緒に持ってくることで、その正しさも万人に証明される。異端を選ぶならば、そこにはいつも「証明するための戦い」が付きまとう。そこに本気で挑む聖和が見たかった。

野洲はそれを、10年前に成し遂げたのだから。

しかし、青森山田が粉砕した。あまりにもしたたかに、粉砕した。まさに漢字でいう「強か」だった。

聖和が自らの武器を振りかざし、青森山田陣内に飛び込めば飛び込むほどに、青森山田の強かさが威力を増して、カウンターの餌食となってしまった。

ドリブルで2、3人抜いた後、スルーパスを出せばラインを破れる、というシーンでもドリブルを選びボールを奪われ、そのまま失点という場面もあった(確か4点目)

証明しよう、と気負い過ぎたことで冷静さを失ったのか。それとも青森山田が単にそれをもやらせなかったほどに強かったのか。それとも、結果よりも巧さを見せられればいいと思っていたのか(決してそんなことはないと思う)。

そこは、外野の僕には決してわからない。でもひとつ思ったことは、きっと聖和の選手達はとても純粋なんだろうなと。自分達の武器を信じ、それを頼りに最後まで戦っていた姿は、下衆な大人の僕からしてみたら「もう少し、狡さと悪さがあれば…」とつい思ってしまうのだけれど、そんな邪心すら挟めないほどに、彼らは自分達の武器である技術を信じ、特に絶対の自信を持つドリブルで、この巨大で「強か」すぎる相手にも勝とう、と思っていたのかなって。

刀は毎日欠かさず磨いて、鋭く光らせておく。常に携える。でも「俺がどんな思いで毎日この刀を磨いてると思ってるんだ。お前ごときに、簡単に使うほど安い値打ちじゃねぇよ」という状態で、武器を使わずして勝つ。

これが、理想の「武器との付き合い方」だと僕は思う。いつでも使えるように磨き、鍛錬は欠かさない。そしていずれ、いざという時に満を持して使う。

仲間のために使うのもいいし、自分を守るためでもいい。

武器の使い方に、その人間の本性が出るのだとも思う。

でもそんな僕の戯言すら、彼らの真っ直ぐさと純粋無垢さにはキラーンと跳ね返されてしまいそう。そんな潔さも感じた、彼らの武器の使い方。それも眩しい。高校生らしい真っ直ぐさ、それを制御できずに敗れてしまったのかな。勝手な見方だけど、そう思った。

また見てみたい。素直にそう思える、人の心を揺さぶる、素晴らしいチームでした。

そして青森山田、とにかく強かった! この青森山田も、確固たる「生き方」を持っているチームなんだろうな。

例年の選手権以上に、たくさんのことを感じ、考えました。これはアウトプットしておかないとと思い、こんな長文になってしまいました。

今年、僕ももっと頑張ろう。

【プロフィール】
久保田大介。ジュニア年代からジュニアユース、高校の女子サッカー部を指導するプロコーチ。指導者の学びの場”Borderless” football community主宰。

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