2015.11.27 Fri

Written by EDGE編集部

高校&ユース

なぜ、週3回の練習で全国大会に出場できたのか? スピードアップのプロが語る、静岡聖光学院ラグビー部の秘密

どうすれば、足が速くなるのか? それはスポーツに関わる人にとって、永遠のテーマだろう。短距離や中・長距離から、運動会の徒競走、サッカーやラグビー、野球やバスケットボールなどのスポーツ全般において、スプリント能力は欠かすことはできないものだ。

現在、スポーツ界で注目を集めている指導者がいる。それが常葉大学陸上部監督、実業団チーム『ARROWS』短距離監督の里大輔氏だ。

里氏は「スピードアップ」の専門家として、陸上の国内トップレベルの選手から、ドイツでプレーするサッカー選手、ラグビーの年代別日本代表チームや名門校で指導。今年の秋におこなわれた2015和歌山国体の4×100mリレーで優勝したチームのコーチを務めるなど、確かな実績を持つ指導者だ。

里コーチが6年に渡って指導を続ける、静岡県の聖光学院ラグビー部は「練習は週に3回。1回の練習時間は60分~90分まで」と校則で定められている。猛練習で有名なエディージャパンとは、真逆のアプローチである。

限られた時間の中で、何をどのようにトレーニングすればいいか――。かつては電通マンとしてスポーツビジネスの世界で働き、31歳で教員の道に進んだ異色の教師、星野明宏総監督とともに、限られた時間で最大限のトレーニング効果を生むために、様々な工夫を施した。

里コーチは言う。

「チームの全体練習は週に3回。練習時間は60分~90分。つまり、1週間で3、4時間しか練習ができないわけです。普通ではありえない環境の中で、どうすればトレーニングの密度を濃くできるか。そこで、練習以外の時間をどうやってトレーニングに置き換えるかを考えました」

練習時間が少ないということは、考え方を変えれば、練習以外の時間が多いということでもある。つまり、練習をしていない時間(日常生活)をトレーニングに変えることができれば、練習時間の少なさがハンデはならない――。

理論ではそういうことになるが、実践するのはむずかしい。里コーチはどうすれば日常生活にトレーニングを取り入れられるかを考えた。

そこで、たどり着いたのが“姿勢”というキーワードだった。

「スポーツをするときに重要なのが姿勢です。素早く走るときにも、最初にポイントになるのが姿勢で、背中が丸まっていたり、後傾した状態では速く走ることができません。人間は寝ているとき以外、すべての時間に姿勢が存在します。そこで、普段歩くとき、階段の昇り降り、椅子に座っているときなどに、どのような姿勢をとればいいかを選手たちに伝え、それを実践してもらいました」

電車に乗っているときに、つり革をつかまないで立つのも、立派な姿勢のトレーニングである。さらには、駅や学校で階段を昇り降りするとき。何も考えずにおこなえば、ただの動作にすぎないが、脚のどこに重心を置いて立つかということを意識した途端、単純な日常の動作がトレーニングに早変わりする。

「姿勢とは骨組みです。骨組みづくりは、練習以外の時間を使って行うことができます。選手には立つこと、歩くことがトレーニングなんだと意識づけをして、立つ、座るの繰り返しから始まり、いろいろな種類の歩行を実践しました。たとえば、階段を昇る動作にしても、重心を移動させなければ、ただの“もも上げ”に過ぎませんが、脚を前に振り出して、重心を移動させるという動作を意識的に行えば、重心移動のトレーニングになります」

◆聖光学院の選手の、走る姿勢が変わった

聖光学院ラグビー部はグラウンドに出て、チーム全体で練習できるのは、週に3回。冬場の練習時間は1回60分と決められている。そのため、大げさではなく、1秒も無駄にはできないのだ。チームの目標は全国大会に出場することであり、県内には東海大翔洋高校を始め、強豪がひしめている。十分な時間を使って練習しているチームを相手に勝つ。そのためには、練習の密度を極限まで高める必要があった。

聖光学院の選手たちは、練習中はほとんど止まらない。水を飲むときもダッシュ。監督のもとに集まる時もダッシュ。練習では文字通り、すべての時間をラグビーのトレーニングに当て、それ以外の日常生活でフィジカルを鍛えている。

里コーチが聖光学院ラグビー部のランニングコーチに就任してから3ヶ月後。他のチームの関係者から、こんな言葉が頻繁に聞かれるようになった。

「聖光学院の選手の、走る姿勢が変わった――」

日常をフィジカルトレーニングにするという、里コーチの仕掛けの賜物だった。もちろん、練習のときに走りこみの量を増やしたわけではない。そんなことをしている暇はないのだから当然だ。日常生活で“姿勢”を意識させることによって、選手の走り方が変わり、エネルギーのロスが少なくなった。

同校の星野監督によると、ラグビーの試合中、トップスピードで走る時間はわずかで、多くの時間が70%程度のパワーで走っているという。そこで、姿勢をはじめとする走りのフォーム作りを行うことで、エネルギーのロスを防ぐことに成功した。その結果、練習時間が少ない環境に置かれながら、他のチームに走り負けすることはないという。

◆トレーニングで追求すべき、量より質

2009年、聖光学院は星野総監督就任3年目で全国大会初出場を決める。3年前は部員わずか12人しかおらず、文字通りゼロからのスタートだった。その後、4回に渡って全国大会に出場。今年11月に行われた、第95回全国高校ラグビー静岡県大会でも優勝し、全国大会の切符を手に入れた。里コーチは2009年からランニングコーチとして、聖光学院の躍進を支えている。

日本には「長時間練習することが美徳」という風潮があるが、大切なのは長時間練習することではなく、試合で勝つために適切な練習をすることにほかならない。つまり、追求すべきはトレーニングの量ではなく、質である。聖光学院ラグビー部には、毎年、国立大学に進む選手も多いという。それも、短時間で密度の濃いトレーニングをおこない、勉強の時間を確保しているからといえるだろう。

聖光学院の取り組みは、長時間労働、長時間練習の文化が蔓延する日本社会において、ひとつのヒントになるのではないだろうか。

<里コーチのスピードアップトレーニング詳細>

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