2015.11.13 Fri

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

【久保田コラム】園児は僕らの先生。サッカーを“習いに来る子”とサッカーを“しに来る子”の違いのはなし

大好評の久保田コラム。今回は「園児から学ぶことは、たくさんある」というおはなしです。大人があれやこれや入れ知恵をしすぎて、子どもが本来持っている、本能を抑制してしまってはいないでしょうか。大人がすっかり忘れてしまったもの、どこかに置いてきてしまったもの、勘違いしてしまっているもの…。「サッカーの本質を知る上での重要なヒント」が隠されている、“現場のリアル”を発信するコラムをお届けします。(文・久保田大介/SUERTE juniors 横浜)

園児は僕らの先生――。

僕が指導している SUERTE juniors横浜 には園児クラスもあり、週2回、一緒にサッカーをしています。この園児との時間が、僕にとっては大いなる学びの場所。園児が見せるプレーや行動に、サッカーの本質が詰まっているのではないかと、本気でそう思っています。

14時前に幼稚園が終わり、それぞれのクラスでサヨナラをしてきた後、うちのチームの子達は自分で荷物を持って(ほとんど引きずりながら)園庭に降りてきます。

サッカーの準備も着替えも、もちろん全て自分でやる。そして準備ができ次第、誰からともなく集まって勝手にチームを分け、自分達でビブスを引っ張り出してきて、ゲームが始まる。ここまで僕の介入は一切ありません。

集合して、挨拶して、コーチのお話を聞いて…なんてノリはうちでは皆無。挨拶は、さっき会った時にオッス!とかコンチワ!って感じで、それぞれバラバラに済ませていますしね。

そしてそのままゲームが始まり、僕も混ぜてもらう感じでなんとなく「サッカーの時間」が始まる…いつもこんな感じです。

たぶん彼らは「練習に来てる」とは思っていなく、サッカーを「しに」来てる と思っています。だから幼稚園が終わって、園庭に降りてくれば、当たり前のように自分で準備も着替えもするし「ゲーム始めていい?」なんて僕にいちいち聞かずとも、自然にゲームを始める。

サッカーを習いに来ているのではなく「サッカーをしに来ている」ゆえの、自然な行動だと思うんです。

だからこそ、そんな彼らの自然な姿から見える純粋無垢なプレーに、僕はいつも大きな魅力を感じるんです。

そしてそのプレーの中に、僕ら大人(指導者)がすっかり忘れてしまったもの、どこかに置いてきてしまったもの、勘違いしてしまっているもの、そして何より「サッカーの本質を知る上での、重要なヒント」が隠されている。そんな気がしているんですよね。

ボールが右側にあれば右足でボールを触るし、左側にあれば自然に左足で触る。まだこの年齢では、自分が右利きとか左利きとか、そんな概念がないんでしょう。だから両足とも差はなく、同じように触れるし蹴れる。

相手が目の前にいれば無理に突っ込まず、後ろを向いて後方へドリブルしたり。そしてグルーっと大回りして、ゴールまで行き、シュートしたり。

相手を目の前にしたとき、コーチから「勝負!」という声が出たり「逆を取って、相手をかわして」「味方を使って、早めにさばいて」といった大人の入れ知恵が、段々入っていくのが普通ですが、彼らにとってそれは普通ではないんですよね。「目の前に相手がいて通せんぼされているのなら、後ろから行けばいいじゃん」というのが、子どもたちにとっての普通なんです。

例えばゴールキックの際などに「相手をマークしてみよう」と言われたら、皆さんどうしますか? また、子ども達にはどう指導されますか?

TOPページ広告

<次ページ>
大人が教えなくても、子どもは最初からサッカーの本質を知っているのでは?

1 2 3

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事