2018.07.09 Mon

Written by EDGE編集部

Jリーグ&国内

アマチュアフットボーラーたちの挑戦 第2回 林茂(HAYASHI WATCH-WORKS代表取締役)前編

中村:フットサルがきっかけで、またボールを蹴るようになったんですね。

林:サッカーを再び始めたのが、東神奈川にある『山本サッカー道場』というところで、いまも続いています。なので、20年同じ所でボールを蹴っていることになります。そこが今の僕のサッカーの基点ですかね。それから神奈川区リーグ、横浜市リーグなどに加盟するようになり、東京では広瀬一郎さんもいらした電通Y&Rのチームに入って、広告代理店のリーグで戦ったり。そうしていると、知り合いも増えてくるじゃないですか。そこで、毎週サッカーをしたくなって、所属するチームが増えていきました。中村さんも同じでしょう?(笑)

中村:はい。その気持ちはよくわかります(笑)。林さんは山本サッカー道場で20年続けていらっしゃいますが、それだけ長く続いている理由はなんですか?

林:当時、小学校に通っていた監督の息子たちが大きくなって、いまは20代半ばなんですね。彼らが子どもから大人へと成長していって、いまでは身長もサッカーのプレーでも抜かれてしまいましたけど、ずっと一緒に遊べる楽しさがあったりね。結婚して、子どもができてまた一緒にサッカーをするチームメイトもいたり。もうファミリーですよね。

秋田タブの木SC戦21

中村:54歳になられて、いまメインでプレーしているチームはどこですか?

林:Azul神奈川FCです。ここは50歳以上の全国大会を目指しているチームで、2012年の堺での全国大会では決勝まで行きました。

中村:それ以外にも加入していますよね。

林:中村さんみたいに、9チームも所属していないですよ(笑)。まずAzul神奈川FC、奥寺康彦さんもチームメイトの横須賀シニアSC、F.C.TORIPRETTA、墨東COSMOS、LANZA、1FC茅ヶ崎四十雀、堀松シニア、FC PUERTO。

中村:すでに8チームですが(笑)

林:年に1、2回しか行かないところもありますから(笑)

中村:私の場合、たくさんのチームに所属しているので、このチームのユニフォームはどれだっけと思うことがよくあります。

林:それはありますね。ストッキングがどれかわからなくなったり(笑)。あと世田谷区リーグで、O-40の試合に来たつもりがO-50の試合で、ユニフォームが全部違ったことがありましたね。あとは場所を間違えたり。

中村:ユニフォームはチームの数だけホーム&アウェイがありますよね。どうやって管理していますか?

林:プラスチックのケースに、すべて見えるように畳んで入れています。

中村:僕はユニフォームごとに一セット、ビニールの袋に入れて管理しています。全国大会の話を伺いたいのですが、どういう経緯で全国大会を目指すようになったのですか?

林:所属していたチームで、シニアの全国大会があるのを知ったのがきっかけです。30代でまたボールを蹴りだして、当時は40歳までサッカーができればいいと思っていたのですが、シニアのチームに入ったら全国大会があって、50代、60代でもバリバリやっている人がいる。

中村:まさに私は林さんの通った道を辿っていますよね。

林:そうかもしれないですね。チームメイトには、O-60の全国大会に出場して3位になった人もいます。それを見ていると、やめられないなと。O-50のチームも1チーム30人ぐらいいて、プレーする人が増えてきているんですよ。上の人達がやめないから(笑)

【後編はこちら】

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<プロフィール>
林茂(はやし・しげる)右
1960年生まれの54歳(マラドーナと同い年)。HAYASHI WATCH-WORKS代表取締役。大学卒業後、アメリカのビジネススクールに通い、MBAを取得。帰国後は祖父が興した会社の3代目として、国内外でビジネスを展開。8チームに所属してサッカーを楽しむアマチュアフットボーラー。ポジションはFW。2012年には50歳以上の全国大会に出場し、準優勝を果たした。

<プロフィール>
中村篤次郎(なかむら・あつお)左
メットライフ生命保険㈱ 。シニアエキスパートコンサルタント。不動産営業を経て、ツエーゲン金沢の立ち上げに携わり、初代GMに就任。その後、FC東京の営業部を経て現職に。会社員のかたわら、毎週末サッカーをプレーするアマチュアフットボーラー。ポジションは主にサイドバックを担当。1970年生まれの44歳。この連載のホストを務める。

<あわせて読みたい>
アマチュアフットボーラーたちの挑戦 第1回 中村篤次郎(前編)

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