2018.07.09 Mon

Written by EDGE編集部

Jリーグ&国内

アマチュアフットボーラーたちの挑戦 第2回 林茂(HAYASHI WATCH-WORKS代表取締役)前編

中村:いま年齢はおいくつなんですか?

林:54歳です。マラドーナと同い年(笑)。1960年生まれです。

中村:サッカー歴は?

林:小3のときの担任の先生が、栃木の宇都宮高校(注・1950年に高校サッカー選手権で優勝経験あり)を卒業した方でした。その先生に教えてもらったのがきっかけです。当時『東京教育センター』というのがあって、そこの『東京サッカースクール』で日曜日だけサッカーを教わっていました。そこに、とんねるずの木梨憲武さんや脚本家の三谷幸喜さんなども通っていた様です。でも最初はサッカーボール模様のゴムボールを蹴らされ、全然おもしろくなかったんですよ(笑)。ただ友達と一緒に通っていたのと、夏冬の合宿が楽しみで続いていました。コーチには一橋大学の学生だった大住良之(サッカージャーナリスト)さんがいらして、僕は合宿のときに教わった記憶があります。あとは中学、高校の部活でサッカーをしていました。

'02春波崎シニアカップ14

中村:シニアのサッカーにハマるようになったきっかけは、なんだったのですか?

林:40歳のときに、知り合いに呼ばれて大住さんが創られた『タイガーサッカークラブ』というチームに行ったら、昔の東京サッカースクールのコーチやスクール生もたくさんいたんです。46、7歳の人たちと一緒にボールを蹴ることができて、楽しかったんですよね。

中村:高校まで部活でサッカーをしていて、40歳でまたやりだしたとのことですが、その前はどうだったのですか?

林:23歳の時にアメリカのビジネススクールに留学していたのですが、中南米やサウジアラビア人がクラスメイトに多くて、彼らに誘われてプレーしていました。1983年当時、アメリカ人はサッカーをあまりやっていなかったんですよね。で、アメリカから帰ってきてすぐにフィリピンに会社を立ち上げたので、30代の頃は日本と海外を行ったり来たりしていました。当時『スポーツコネクション』という世田谷のスポーツクラブ(注・三浦知良選手や北沢豪選手もいた)のメンバーだったのですが、そこにフットサル場が新しく出来たんです。1993、4年頃なので、フットサルのはしりですよね。そこからまたボールを蹴り始めました。それで、36歳ぐらいでサッカーもやり始めたんです。

<次ページ>40歳からサッカーを再開し、シニアの全国大会に出場

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