2015.04.29 Wed

Written by EDGE編集部

インタビュー&コラム

【久保田コラム】全国大会で優勝するほどの才能を持っているのに、サッカーの楽しさを見失っていた女の子のはなし

プロのサッカーコーチとして活動を続ける、久保田大介さんの連載が始まりました。久保田さんの経験、文才に惚れ込んだ編集長・鈴木が頼み込み、スタートした指導現場での出来事をつづるエッセイ。第一回は小学生時代に全国優勝した経験を持つほど、超絶にサッカーがうまいのに「サッカーがあまり好きじゃない」と語る、ある女の子の物語です。(文・久保田大介/SUERTE juniors 横浜)

◆飛び抜けた能力を持っているのに、サッカーの楽しさを見失っていた女の子

僕、久保田は自身で運営しているSUERTE juniors 横浜(ジュニア)やSUERTE las niñas 横浜(U-15女子)で代表を務めるかたわら、10年前より東京都立国際高校女子サッカー部でも指導をしています。

都立国際高は帰国子女や外国人の生徒も多く在籍し、今年度から都立高校では初の「国際バカロレアコース」が新設されるなど、国際色豊かな高校です。

そんな高校に女子サッカー部があり、異なる国籍、異なる価値観、様々な多様性を持った生徒達が共にサッカーに打ち込む。この刺激的でグローバルな日常自体が、抽象的な言い方ですがとても「サッカー的」だなと思うのです。「普通の学校とはかなり違う」都立国際高だからこそ僕も魅力を感じ、コーチとして10年も続けてこられたのだと思っています。

4年前の春、この女子サッカー部に「ヒカル」という女の子が入部してきました。

今回のコラムは、ヒカルが主人公です。

ヒカルは小中学生時に強豪女子クラブに所属し、小学生時には全国優勝、中学生時にも全国大会で3位になるなど、それまでのサッカー部にいた選手の中でも、飛び抜けた技術、センス、スピードを持っていました。

しかし、そんなズバ抜けた能力と輝かしい実績があるにもかかわらず、実は彼女は中2の時点で当時所属していたクラブを辞め、サッカーから遠ざかっていたんです。小学校時代から全国に行くのが当たり前のようなクラブでプレーをし、周囲からの様々なプレッシャーを受け続けたことが彼女を疲弊させ、サッカー本来の楽しさを見失っていました。「サッカーはもういい」と、見切りをつけていたわけです。

サッカーから距離を置いた一年が明け、高校生になり国際高に入学してきたヒカル。それまでの経緯もあって、女子サッカー部に入部を決めるのも、入る・入らないを繰り返しながらかなりの時間を要しました。最終的には僕も含めた周囲の説得(ほとんど懇願)もあり、なんとか入部してくれたのですが…。

当初、彼女は他の子達となかなか打ち解けず、群れず、女子高生特有のキャピキャピ感なども一切ない。楽しそうに練習している…ようには到底見えません。しかしボールを持たせればその才能は間違いなく、試合に出しても、1年生ながらバシバシとゴールを量産します。

当時のヒカルが、口癖のように言っていた言葉があります。

「小学校時代から、試合を楽しいと思ったことなんて一度もない」
「練習の方が好き」「ボール触るよりもラダーが好き」
「そもそも、サッカーがあんまり好きじゃない」

ずっとこんな感じでした(笑)。なので、僕も当初は彼女に対して「気難しい子」「扱いづらい子」という印象を持ちながら指導していました。

彼女のお父さんは、地元の少年団でコーチをしている方でした。お父さんとは彼女が入部してきた当初から情報交換等をしてきたのですが、とにかく言われたのが「サッカーの楽しさを思い出させてほしい」「サッカー楽しい! と言えるようになってほしい」そして「今までいろんなコーチが挑んできたけれど、全滅でした(笑)」「ハッキリ言って、強敵です」と。

僕はお父さんに「わかりました。彼女が卒業する時にもしそう言えるようになっていたら、ご褒美に食事をご馳走して下さいね」なんて、約束していたほどでした。

ヒカルに、もう一度サッカーの楽しさを思い出させる。

長い戦いの日々が始まりました。

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