2015.04.07 Tue

Written by EDGE編集部

アジア

幸野健一のエッジな人 第3回「狂犬病とデング熱。生死の境で感じたサッカーへの想い」菊池康平(後編)

サッカーと共に生きる人を紹介する『エッジな人』。サッカーコンサルタントであり、アーセナルサッカースクール市川代表の幸野健一さんが聞き手を務めるこの連載。3回目のゲストは、菊池康平さんです。菊池さんは海外でプロになる夢をかなえるために、アジアや南米を中心に14ヶ国でプレーしました。ラオスで狂犬病になりかけ、インドでは生死の境をさまよいながらも、サッカーへの想いを持ち続けた、菊池さんの熱い生き様とは!?(構成・Football EDGE編集部)

幸野:ボリビアでの挑戦は、うれしさと悔しさが入り混じった経験でしたね。プロにはなれたけど、大観衆の前で試合をする夢は叶わず。

菊池:そうなんです。

幸野:帰国してからはどうしていたのですか?

菊池:会社員に戻って、営業の仕事をしていました。

幸野:ボリビアで得たものを、仕事に活かすことはできましたか?

菊池:業務に直接的に活かせるものはあまりなかったかもしれませんが、気持ち的な部分では活きましたね。ただ、それでも歯がゆい気持ちがあったので、帰国した年末にインドに行きました。インドもボリビアもそうですけど、小さい子どもが普通に働いていたり、貧困にあえぐ姿を見ていたので、ただサッカーの練習参加をしに行くのではなく、サッカーボールや古着を届けに行く活動もしていました。そのような活動をしていたことで、日本サッカー協会のプロジェクトである「夢先生」として声をかけて頂いたり、講演を通じて、現状を知ってもらう活動も始めました。

10959421_10203029158322578_4756671174782186838_n


幸野:
サッカーへの関わり方はたくさんあって、社会人経験があってサッカーに携わる人と、サッカーの世界だけしか知らない人とでは、実際に接してみて違いを感じます。僕の周りにも元J リーガーがたくさんいますが、プロを引退したあと、どうしたらいいんでしょう? と相談を受けることもあります。サッカーの世界しか知らないまま、外の世界に出て行くときに何が必要かと言うと、自分を客観視できるかどうかなんです。そのためには教養や知識が必要で、勉強をしたり本を読んだり、色々な経験をする中で身についていくものだと思います。菊池さんはボリビアから帰国後、社会貢献の意義を考えるようになったのですか?

菊池:はい。夏休みにフィジーやカンボジア、モンゴルにボールを持っていきながら練習参加をして、その経験を日本の子どもたちに伝えるために、講演をして回りました。そして2009年の5月にボリビアから戻ってきて、子どもたちに「夢を持とう」と言っている中で、改めて自分の夢はなんだと考えました。そのときに、ボリビアで果たせなかった「大観衆の前で試合に出る」という夢に向けて、もう一度挑戦したくなったんです。それで昨年の6月に仕事を辞めて、飛び込みでラオスに行きました。

幸野:退路を断って、夢に向かって一歩を踏み出したわけですね。

菊池:結果はどうなるかわかりませんが、夢に向かってチャレンジしようと。いままでの経験を通じて、もしプロになれなかったとしても、何をしても生きていける自信はあったので(笑)

幸野:それが、自分を客観視できる力だと思います。

菊池:ラオスを皮切りに、カンボジア、インドリーグに行ったのですが、結局プロ契約を勝ち取ることはできませんでした。というのも、ラオスとインドで死にかけまして。

幸野:えっ!? なにがあったんですか?

<次ページ>ラオスの田舎で3匹の犬に襲われて血だらけ。狂犬病になりかける

1 2 3

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事