2015.04.06 Mon

Written by EDGE編集部

アジア

幸野健一のエッジな人 第3回「プロになるために14カ国でチャレンジした男」 菊池康平(前編)

kiku2

幸野:高校卒業後は?

菊池:なんとか明治大学に進むことができました。サッカーの方は一足先に、高3の2月に明治大学サッカー部の門を叩いたんです。これも自分で考えてアクションを起こしたのですが、明治大学のサッカー部は当時スポーツ推薦の人しか入れなくて、1学年に11 人ほどしかいませんでした。当時の自分は高校生でしたが、付属高校のサッカー部という立場を活かして、直接明大サッカー部のグラウンドに行って、監督に「部活に参加させてください」とお願いをしました。そこで監督が、「入ってもいいよ」と言ってくれて。スキルは全然通じなかったんですけど、持久走では誰にも負けなかったりと、気持ちの部分を評価してくれたみたいです。

幸野:大学入学後は、そのままサッカー部に入ったのですか?

菊池:それが、高校のときに練習に参加してみて、このチームに4年間いても試合に出られないと思ったんですね。それほどスキルに差がありました。非常に短絡的なのですが、『海外に行ったら上手くなれるかも』と思ったんです。そこで大学1年生の夏休みに2ヶ月、シンガポールにいきました。結局、大学ではサッカー部に入らず、社会人のサッカーチームに入りました。

幸野:シンガポールでは、現地のクラブに練習参加したのですか?

菊池:はい。エージェント会社にお金を払ってクラブを斡旋してもらって、テストを受けに行きました。結局、2ヶ月プレーして契約はできなかったのですが、当時、僕は19 歳でサテライトチームに所属していました。このままでは契約は出来ないと思ったので、トップチームの監督を待ち伏せして「トップでプレーしたいんだけど」と直談判したら、「わかった。明日から来い」と。そこで、自分で意思表示をすれば道は開けるんだと体感できたことは、自分の人生において大きな収穫でした。それとシンガポールだけでなく、タイや香港などにもプロリーグがあることを知り、チャレンジしたい気持ちが沸き上がってきました。

幸野:そこから、何カ国ぐらい挑戦したのですか?

菊池:14カ国です。大学生の時は香港、シンガポール、タイ、オーストラリア、マレーシアに行って、大学卒業後、会社に入ってからも夏休みと年末年始の長期休暇を利用して、海外に渡りました。ただ、社会人になると最長でも1週間ほどしか会社を休めないので、現地にあてもなく行って、練習参加をさせてくれるチームを4日ほどかけて探し、いざ練習に参加できても、2、3日で帰国しなければいけない状態でした。

幸野:会社員になってからも、海外クラブの練習参加を続けていたのは、どういう理由があるんですか? さすがに数日ですぐに「契約しよう」とはならないですよね。

菊池:一番は、戦う気持ちを忘れたくなかったことですね。日本で会社員生活をしていると、どうしてもチャレンジする気持ちを忘れてしまうんです。そこで半年に一回は海外に行って、厳しい環境に自分から飛び込むことで、チャレンジする気持ちが錆びないようにしたかったんです。

幸野:ボリビアでプロになったそうですが、これは会社を辞めてチャレンジしたんですか?

<次ページ>ボリビアで念願だったプロになることができたものの・・・。

1 2 3

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事