2015.04.06 Mon

Written by EDGE編集部

アジア

幸野健一のエッジな人 第3回「プロになるために14カ国でチャレンジした男」 菊池康平(前編)

サッカーと共に生きる人を紹介する『エッジな人』。サッカーコンサルタントであり、アーセナルサッカースクール市川代表の幸野健一さんが聞き手を務めるこの連載。3回目のゲストは、菊池康平さんです。菊池さんは海外でプロになる夢をかなえるために、アジアや南米を中心に14ヶ国でプレーしました。なかば道場破りのような形でクラブの門を叩き、自らの夢を叶えようとする姿は、現代の日本人が忘れかけている“夢をつかむための熱意”に満ちあふれています。波瀾万丈な菊池さんのサッカー人生をお楽しみください。(構成・Football EDGE編集部) 

幸野:はじめましてですね。本日はよろしくお願いします。

菊池:こちらこそ、よろしくお願いします。今日はアーセナルSS 市川の専有グラウンドを見せてもらいましたが、すばらしい施設でおどろきました。

幸野:ありがとうございます。菊池さんは海外でプレーされていたそうですが、どのような経歴なのでしょうか?

菊池:東京の多摩市で育って、地元の少年団でサッカーを始めました。中学1年生までは部活でサッカーをしていたのですが、2年生からは多摩シティユナイテッド(TCU)でプレーしていました。中学校の部活では物足りず、自分でチラシを見て電話し、応募したんです。いま振り返ると、自分のサッカー人生は自分で切り拓くという意味で、中学時代に電話したのがすべてのスタートだったと思います。

幸野:中学時代、部活でのサッカーは満足しなかったんですね。

菊池:そうなんです。TCU は僕が中2のときにできたのでタイミング的にもちょうどよくて。当時のコーチが読売クラブ(現東京ヴェルディ)などでプレーされた、高畠哲也さんでした。

幸野:そのときから、プロになりたい気持ちは強かったんですか?

菊池:はい。小学校3年のときにJ リーグが開幕して、J リーガーになりたいと思っていました。

10959421_10203029158322578_4756671174782186838_n

幸野:高校はどこに進んだのですか?

菊池:中3のときにJ クラブのユースのセレクションを受けまして、唯一受かったのが、FC 町田のユースでした。でも、なかなか試合に出られなくて。あるときサッカー雑誌を見ていたら“柏レイソル青梅”というクラブがあることを知りました。そこで興味を持ち、自分で電話して、練習参加させてくださいと言いました。当時の自分の考えとして、セレクションを受けても合格しないと思ったので、直接練習参加をさせてもらって、知らないうちにクラブの一員になっていました(笑)

幸野:そういうやり方もあるんですね(笑)

菊池:高2の1年間はレイソル青梅でプレーをして、僕は大学の付属高校(明大中野八王子)に行っていたのですが、大学に行けるかどうかギリギリの成績だったので勉強時間を確保したかったのと、クラブチームでずっとプレーしてきて、自分の学校の名前を背負って戦ってみたかったので、高校の部活でプレーすることに決めました。高校選手権はおろか、東京都の予選にも出られないチームでしたけど、高校の最後の時間をそこに賭けたかったんです。

<次ページ>戦う気持ちを忘れたくなくて、海外の道場破りにチャレンジ

1 2 3

◀︎前の記事 トップ ▶︎次の記事
Ranking
1 久保田コラム「日本語のサッカー指導で世界をひっくり返す(2)」「ドリしろ!」で効果的なプレーはできるのか? 2 【少年サッカー移籍問題3】日本中から届いた保護者、指導者の叫び。子どもたちの環境を良くするにはどうすればいい? 3 教員から受けたありえない仕打ち。部活動を支える“外部コーチ”の、知られざる現場のリアルとは? 【久保田コラム】 4 部活動の“外部コーチ”を19年経験した筆者が思う、外部コーチと学校の理想的な関係【久保田コラム】 5 【少年サッカー移籍問題6】移籍問題解決に向けて、日本サッカー協会から通達が出される! 6 サッカーで速く、強くプレーするためのコツとは? 日本式“ひざ歩行”と欧米式“腰歩行”の違い 7 【久保田コラム】園児は僕らの先生。サッカーを“習いに来る子”とサッカーを“しに来る子”の違いのはなし 8 久保田コラム「日本語のサッカー指導で世界をひっくり返す(1)」和訳サッカー用語と本質のズレ 9 【少年サッカー移籍問題】大人の都合で理不尽なローカルルールが横行。サッカーをする場を奪われる子どもたち(1) 10 【少年サッカー移籍問題2】子どもが「移籍したい」と言うのは、そのチームに魅力がないということ【久保田コラム】