2015.03.30 Mon

Written by EDGE編集部

アジア

【リオ五輪1次予選】「子どものサッカーからの決別」U-22日本代表対U-22ベトナム代表 コラム

29日、U-22日本代表はU-22ベトナム代表とリオデジャネイロ五輪一次予選を戦い、2対0で勝利した。劣悪なピッチ、不安定なレフェリング、ハードタックルを仕掛けてくる相手に対して冷静に対処し、勝ち点3をつかみとった。灼熱のマレーシアで現地取材中の川端氏による、育成年代への提言を含んだレポートをお届けする。(取材・文 川端暁彦)

「自分たちのサッカーをやれないならば、相手のサッカーをやらせないことだってできる」

チーム発足以来、手倉森誠監督は細かく言葉を変えながらも、一貫して同じメッセージを送り続けてきた。言い換えれば、そこに“日本の若年層の弱点”があると、考えていたということでもある。

「自分たちのサッカー」という言葉は、ブラジルワールドカップでの戦いを通じて大いに注目されたが、元々日本の、特に育成年代において好んで使われてきたワードである。

そこには「目先の勝ち負けよりも、自分たちのサッカーをすることが大事」といった考え、あるいは「自分たちのサッカーをすることが、勝ちにも繋がる」といった発想がある。

互いの良さを出し合う清々しさのあるゲームは、確かにサッカーの醍醐味である。ただ一方で、サッカーは相手ありきのスポーツだ。相手の良さを消し、潰しに行くことへ比重を傾けることだってできる。

一般的に、日本の育成年代において「相手の長所を消すサッカーを徹底することは、良くないこと」とされるようになって久しい。実際にそうしたチームは、育成年代のトップレベルにおいて随分と減った。

とはいえ「相手の良さを消すこと」もまた、サッカーというスポーツが持つ一面であることも忘れてはならない。相手より力が落ちるというなら、それはなおのこと。国際試合ともなれば「自分たちのサッカーを出し切って負けたのなら、仕方がない」なんて発想をするチームはまずいない。「相手のサッカーを潰して消して、そして何としても勝利を掴み取る」という発想が主流になっていく。

そのとき、日本の選手たちはある種の戸惑いを見せる傾向が強くなっている。

<次ページ>手倉森ジャパンが目指すのは「自分たちのサッカーを潰されたとき、どんな試合ができるのか

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