2015.02.13 Fri

Written by EDGE編集部

アジア

「空調設備のサラリーマンから、シンガポールのプロ選手へ」 GFA代表・中村彰宏(前編)

エッジ1

写真:Football EDGE

サッカーとともに生きる人を紹介する『エッジな人々』。サッカーコンサルタントであり、アーセナルサッカースクール市川代表の幸野健一さんが聞き手を務めるこの連載。記念すべき1回目は、シンガポールサッカー界で活躍する中村彰宏さんです。中村さんは大学卒業後、空調設備の会社に就職するも、サッカーへの想いが忘れられず、シンガポールのクラブのセレクションに参加。そこでプロの道をスタートさせ、およそ10年に渡って活躍しました。シンガポールでプレーする日本人選手の先駆けでもあります。

中村さんは現役選手をしながら『グローバル・フットボール・アカデミー(GFA)』という組織を立ち上げ、シンガポールでサッカースクールを開始。3人の生徒からスタートし、いまでは500人を越える会員を抱えるほどに成長しました。

2014年末にはシンガポールのホーガン・ユナイテッドFCと業務提携を結び、1部リーグの経営と強化を担当するとともに、日本人選手をシンガポールリーグでプレーさせるなど、様々な活動をしています。

空調設備のサラリーマンから、シンガポールでプロ選手へ転身

幸野:はじめましてですね。アラケンさん(注:新井健二/シンガポールで長くプレーしたプロサッカー選手)からの紹介ということで、よろしくお願いします。中村さんはシンガポールで10年ほどプレーされたとのことですが、日本ではどのようなキャリアを過ごされたのですか?

中村:出身は埼玉の幸手というところです。中学時代は埼玉県大会で優勝し、高校は千葉県の東海大浦安高校に進みました。高校選手権の県予選で市立船橋に負けたりといったレベルです。大学は東海大学に進み、4年間県リーグで戦って、4年生のときに関東リーグに上がりました。プロを目指していたのですが、その夢もかなわず、大学卒業後は東洋熱工業という会社で空調関係の設備営業をしていました。

幸野:僕が広告会社を経営していたとき、空調機器の会社と取引があったので、その業界のことはよく知っています。

中村:そうなんですか、偶然ですね(笑)。そこで1年9ヶ月ほど、サラリーマンをしていたのですが、あるときシンガポールのチームのセレクションがあるのを知って、受けてみようと。そこで受かり、シンガポールに来てくれと言われました。僕としてはラストチャンスだと思ったので、会社に辞表を出したら「夢を追いかけるなら、がんばってこい」と送り出してくれて。シンガポールで1ヶ月ほどトライアルを受けて、センバワンというチームに拾ってもらいました。

幸野:最初は苦労したでしょう。ポジションはどこだったのですか?

中村:ボランチをやっていました。シンガポールに最初に行ったのが2002年、その2年後にアルビレックス新潟シンガポールが立ち上がったのですが、立ち上げメンバーにアラケンがいて、彼はキャプテンを務めていました。チームが出来た当初は、とにかく人手が足りなかったので「サラリーマン経験があるなら営業にいってこい」と言われたりもしました(笑)

幸野:大変だったでしょうけど、スポンサーとの付き合いも含め、当時の経験がいまのグローバル・フットボール・アカデミーに活きているのではないですか?

中村:そうですね。当時のスポンサーの方々とは、いまもお付き合いをさせて頂いています。

幸野:実際にシンガポールリーグでプレーしてみて、手応えというか、どんな感想を持ちましたか?

中村:最初は環境に適応するのが難しかったですね。とにかく暑くて、疲れました。ただ、サッカーの面では評価はしてもらっていました。日本では攻撃的なポジションだったのですが、アピールしたいからといってガツガツいくのではなく、中盤でバランスをとるようなプレーをしたところ、評価されました。

幸野:日本人は周りに合わせてプレーができますからね。気配りができると言うか。

中村:それは武器になるなと思いましたね。とはいえ、自分は助っ人外国人なので、たとえバランスをとるプレーでチームに貢献しても、最終的にはある程度の得点を取らないと、次の年の契約はないという状況でした。なので、弱い相手の時は攻撃的にプレーして、積極的にゴールを狙ったりと考えながらプレーしていましたね。

幸野:異国の地で常にジャッジメントをされる中で、考えながらプレーするのは人間力が試されますよね。それはすごく良い経験だと思います。海外に出られるチャンスがあれば、積極的に出るべきで、その後の人生に大きな影響があると思います。僕も昔はイギリスのウェストハムに行って、育成年代の伝説的な指導者、トニー・カーに話を聞かせてもらったり、スペインのアスレティック・ビルバオの「レサマ」と呼ばれる育成施設に行って、勉強をさせてもらいました。その場へ行かないといかないとわからないことってありますよね。人間としても成長するので、チャンスがあればどんどん海外に行くべきだと思います。

<続き>
「シンガポール2部リーグのGMを務め、1年目でリーグ優勝を達成」 GFA代表・中村彰宏(対談後編)

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